故人にだけ通じる密室芸
2008年8月10日(日) 13:56:57
昨日書いたタモリの弔辞は実は勧進帳で、つまり用意した紙を読むフリをして実は白紙を読んだらしいとメールで教えていただいた。YouTubeでノーカット版を見つけたのでそれを見てみたが、確かに白紙のように見える。
> そして私に「おまえもお笑いやってるなら、
> 弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。
この弔辞の言葉が少し不思議だった。でもやらないんだ、と。
でも、実はやったんだな。
故人にだけ通じる「密室芸」を、タモリは最後の最後にやったのだ。
「会場のどこか片隅のちょっと高いところから」見ると原稿が白紙だということがわかる。つまり故人にだけ通じる密室芸なのだ。
「ひとみ寿司」でやったであろう四カ国語麻雀とかハナモゲラ語とか眉芸とか韓国語ニュースとかと同じような、「白紙の弔辞をもっともらしく読むタモリ」というギャグ。赤塚不二夫なら必ずゲラゲラ笑うであろう、ふたりだけにわかる密室芸。しかも葬儀の場も壊さない大人のギャグ。弟子として、卒業試験のような気持ちで、タモリは葬儀に臨んだのかもしれない。
もうひとつメールで教えていただいた。
> それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、
は、速記者の間違いで、実際には「重苦しい意味の世界から解放され」である、と。
映像で確かめても確かにそう言っている。だから昨日の文章は直しておきました。ここが「意味」になることで、この一連の文章はより深くなった。
あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい意味の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を絶ちはなたれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事にひとことで言い表してます。すなわち、「これでいいのだ」と。重苦しい意味の世界から解放されることこそギャグなのだ、と、よくわかる。赤塚不二夫は日本に重く沈殿する「意味の世界」を辛抱強く打ち壊し続けてくれたのだな。それも「大衆に膾炙しながら」。そこが偉大だ。
密室芸のころのタモリの面白さを知っている人は(ボクもリアルタイムで知っている)、いまのタモリをつまらないと切り捨てがちだが、大衆に膾炙しているところをもっと評価すべきなのだろう。彼もまた「意味の世界」を打ち砕き続けてくれている偉大な天才である。一世一代の密室芸。しっかり見させていただきました。
