花火師5年

2008年5月31日(土) 9:40:55

昨晩は「花火師免許更新講習」を受けに浅草橋へ。
正確に言うと、(社)日本煙火協会による「煙火消費保安手帳保安講習」。花火のことを「煙火(えんか)」と呼ぶのは最初に講習を聞いた5年前に初めて知った。「にほんえんかきょうかい」ってサブちゃんが出てきそうだよね。

ついでに言うと、花火をすることを「消費」と言い、花火が(上空等で)開くことを「開発」と言う。開いて発する。なるほどね。講習の中で事故例の紹介と注意があるのだが、例えば「花火大会においてモーターボートから水上花火をガストーチで点火し消費していたところ、何らかの原因で開発し、従事者が重傷を負うとともに同船者が軽傷を負った」みたいな文章が出てきたりする。この「開発」が最初わからなかったなぁ。

もう煙火打揚従事者(いわゆる花火師)になって5年。
「人生ピロピロ」でも書いたように、一回の講習を受ければ免許(保安手帳)が交付されて煙火打揚従事者になれるのだが、それを聞いて「どうしてもなりたい! すぐなりたい!」と思うか「へぇ〜、なりた〜い」程度に思うかが大きな別れ道。ボクの周りでも「なりた〜い」と言う人は多いが、即座に講習の受け方や日時を聞いてきたり、講習受付が終わっていても協会にねじ込むような執念を見せる人(←わたくし)などは、全くと言っていいほどいない。で、そういうノリがない人は花火師に向かない。
つか、毎年「右手首切断」とか「右全指欠損」とか「顔面火傷・脳損傷」とかいう事故例が上がってくるほど危険なものなので、よっぽど「なりたい」と思う人しかやめたほうがいいだろう。

ボクが花火師になってからも、ボクに「なりたい!」と真剣に話を聞きに来て実際になった人はたったのひとり。隣の隣のデスクで部長をやっている先輩だけである。割合で言ったら0.5割程度。9.5割の人は「なりたい」とは言うがそこ止まりである。この差は意外と大きいのだ。

とはいえ、その0.5割の人々も最近では活躍の場が非常に少ない。
規制もどんどん厳しくなって、我々が花火を打ち上げる機会も極端に減った。5年前は多摩川土手とかでやっていたのになぁ。あれは楽しかったなぁ。多摩川ほどではないが、ここ数年わりと盛り上がっていた品川天王洲の花火大会も今年からなくなりそうである。今夏は品川の中学校の校庭で一回花火大会をするだけで終わっちゃいそうだ。残念。

そこそこな規模の花火大会が予定されていないと、講習を聞いていてもなんだか気持ちが盛り上がらない。ビデオを見ながら打ち上げ段取りを復習していてもちょっと空しい。まぁ気が緩むのは事故の元なので気をつけないといけないが、ちょっとは盛り上がりたいな。せっかく0.5割のノリで花火師になったんだから…。

昨晩の講習はやけに長く感じてしまったよ。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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