歯と歯がぶつかる音

2008年5月27日(火) 7:01:00

カツンッ!
乾いた音がした。歯と歯がぶつかる音。いや、色っぽい話では全然なく、焼肉での話である。

まさかここまでとは想像しなかったのだ。
表面にゴマを敷き詰めて寝かしてあったシャトーブリアン。厚さ3センチに切られたフィレ肉の中心部。周りのフィレを贅沢に切り落とした赤いカタマリ。それを炭で網焼にする。目の前で店長が丁寧に焼いていく。表面のゴマは網でこそげ取られ、赤く熾った炭の上に落ちてテーブル上に香り立つ。

「ハイ、どうぞー!」
体育会系大声の店長が叫ぶ(この店は店員すべてが大声を出す教育を受けている)。
タレを少しだけつけて口に入れてみる。
ここで冒頭の「カツンッ!」である。

人間、予想というものがある。
このくらいのカタマリなら、このくらいの歯の力。
それなりに長い「肉体験」と照らし合わせ、噛み切るための力を推し量り、とはいえシャトーブリアンだからもうちょっと柔らかいかな、とか予想しながら、肉の表面に前歯を繰り出す。

そして空振りするのだ。いや、肉を噛んではいる。でも、いままでの経験をはるかに上回る柔らかさに、力を弱める暇もなく、歯と歯がいきおいよくぶつかってしまうのだ。カツンッ!

予想だにしなかった音に狼狽して思わず口を押さえる。
同行者がうひゃひゃと笑う。その仕草がおかしかったようだ。

でも、次の瞬間、同行者の口元からもカツンッと乾いた音が鳴り響き、彼も思わず口を押さえた。
そしてボクと目を合わせ、首を振りながらお互いつぶやいた。こ、これ……何?

歯で噛むとザクザクと音がするような赤身肉が好きである。
でも、ここまで想像を絶するのなら、柔らかいのもありである。いろいろ食べては来たが、ちょっと驚くクオリティだった。

この焼肉店、シャトーブリアンに限らず、食べたメニューすべてが「初めての食感」だった。食べさせ方も工夫が効いている。
あぁ参ったな、他のメニューも一品一品についてもこんな風に長く書けるよ。特にシマチョウ、タンユッケ、心臓刺身、ハネシタ鮨、上ミノ焼、その場で液体窒素で作るシャーベット…。なんだこれ、なんだこれ、と同行者たちの声がテーブル上に静かに漂う。驚くと人間って小声になるね。

店員の声はあくまでも大きく、テーブル上はどんどん小声に。
なんとも不思議な店である。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

アーカイブ

同カテゴリーの他記事