やった気になっている
2008年5月28日(水) 6:48:39
「やらなきゃいけないこと」が多いのに、どうにもエンジンがかからず、「やらなきゃいけないこと」の多くは冷蔵庫の中の野菜みたいに少しずつ鮮度を失ってしおれていく。しおれてしまった「やらなきゃいけないこと」って哀しいね。おい、とっくに賞味期限きれてるぞ、と思いつつ調理する。「やらなきゃいけないこと」も、一度下茹でするとか、保存できる方法があればいいのに。
このような状態を脳はあまり認めたがらないようで、「やらなきゃいけないこと」を勝手に「もうやった」と置き換えていたりする。昨日も大事なアポイントのメールの返事を「出した」と思い込んでいたのだが、先方からの電話で「出していなかった」ことが判明。でもね、確かに「出した」記憶があるの。んー、でもどの送信簿にも出した記録は残っていない。脳よ、勝手に記憶を書き換えるのはやめてくれ。
普通にいただくメールも、読んで、うーむと唸って「どうお返事したものだろう」としばらく内容について考えて、それなりに自分の中の結論が出た時点で「お返事を出した気になっている」ことがある。なんかオンラインゲームにはまっているときに感じるような、リアルとバーチャルが混ざり合ってよくわからなくなるような感じに似ている。やばいなぁ。そのうち仕事とかで大穴あけそうだ(笑)
今朝もそうだ。
昨晩シドニー・ポラック死去のニュースを読んで、「追憶」や「愛と哀しみの果て」について考え、そういえば「愛と哀しみの果て」の原作者のアイザック・ディネーセンを最近再読していないな、とか考えたり、Wikipediaでポラックのプロデュース作品を読んで「恋のゆくえ/ファビュラス・ベイカー・ボーイズ」や「ボビー・フィッシャーを探して」なんかについて考えたりしているうちに、もう「さなメモ」にも書いたような気になっていて、今朝マックの前に座って「ええと、今日は何書こう。んーと、シドニー・ポラックは昨日書いたし…」とか考えているうちにハッと気づき、急いで我がサイトにアクセスして「まだ書いていないこと」を確認し、しばし呆然としたところ。
よく徹夜が続いたときもこういう風になるが、このごろ徹夜をしているわけでもないしなぁ。ボケか。余裕がなさすぎるのか。モンハンのやりすぎか(←まさかこの忙しいのにやっているのか!)
