懐かしい場所と人

2007年8月15日(水) 12:54:32

午前中はゆっくりして、午後から義父母と家族とで昼ご飯。鷲林寺を越えて逆瀬川の上流を抜けて「すじかま」へ。8年前までよく利用していた道だが、バイパスが出来ていて驚く。T字路の渋滞がなくなっていた。すばらしい。「すじかま」も久しぶり。すじと釜揚げを名物とするうどん屋さん。とても人気が出ているようで行列だった。うどんは前より良くなっていた。

それにしても、車で十数分走るといきなり緑豊かな田舎の風景になるのが阪神間の魅力だなぁ。東京ならこういう景色に出会うのに1時間以上走らないと無理である。それも住宅密集地の間のぽつりぽつりレベル。阪神間は数百倍豊かである。住環境はやっぱり日本トップだと再確認。都会的でお洒落ないい店もちょこちょこあり、民度も高い。

一度家に帰った後、15時から超久しぶりの岡田先生。
その昔、一発で頭痛を治してくれて以来のボクの「主治医」なのだが、年に数回しか関西に来なくなってからはほとんどご無沙汰していた。というか人気で混んでいてめったに予約が取れないのだ。お盆中なら意外と、と思って電話をしてみたらすんなり取れた。いや〜ご無沙汰しています。

以前は足裏マッサージ中心だったのだが、推掌中心に変わったようだ。「10年前だと珍しかった足裏も最近ではいろんな店が増えたので、もうわざわざ私がやらなくてもいいかなぁと思って」と笑う。そう、もともと全身をくまなく診る方が向いている方である。「佐藤さんめったに来ないし、じゃぁまた来週、とかって出来ないから徹底的に治しておきますね」と念入りに診てもらった。
10年前よりずっとカラダの状態がよい、と、お墨付き。やっぱあの頃の激務よりは多少はマシだもんね。右肘も念入りにしてもらった。だいぶ軽くなった。

揉んで固結を解いてもらいながらいろんな話を。なんだか苦楽園や夙川に住んでいた時の気分まで思い出す。このままあの頃のマンションに帰っていくような気分。この街ではいろんな人との繋がりがしっかり出来ていたな。助けてくれる人もいっぱいいる。みんな「帰ってこい」と言ってくれる。心が揺れる。

夜ご飯は「ビストロ・ボンボン」にて家族3人で。この旅の目的のひとつでもある。
開店当初から14年のおつきあいのこの店も、この19日で閉店を迎える。この寂しさは尋常ではない。優子の初めてのチーズ会もこの店で催した。昼下がりの休憩時間を利用させていただいたのだ。フランスで長く修行し、銀座の店でフレンチ懐石を提唱して流行らせた由良さんの料理は相変わらず素晴らしい。スー・シェフがいないので手が足りてないと思うのだが、相変わらず完璧な火加減。惜しいな、このまま終わってしまうのは…(半年後には御影で小さなカフェをやる、とのことだけど)。
この店は開店直後もよく来たし、震災の直後にも伺った。響子が生まれてからも子連れで何度も伺った。マダムとカエちゃんも家族的サービスももう受けられなくなるのかな。寂しい。

噂では「大天寿司」も移転するという。「ビストロ・ボンボン」もなくなるし「エノテカ」や「瀬田亭」「モリシタ」ももうない。苦楽園もずいぶん変わってしまった。まぁ初めてこの街に住んだころはまだ畑とかが普通にあった状態だったので、ここ15年の繁華を経て、ゆっくり元に戻るだけかもしれないけど。

かじきまぐろ、フォアグラ、鱧、イベリコ豚などの渾身のフルコースをシャトー・ジスクールと共にいただき、「ビストロ・ボンボン」のみなさんとお別れする。

ものすごく腹一杯になったのだが、ボクには二次会が待っていた。
札幌で知りあったNさんと会うために門戸厄神のある店へ。Nさんはボクの悪影響を受けてポルトガルに行ったり、東京のいろんな店に行ったりしている方。その流れで森崎くんとも親しくなっていて、なんだか不思議な縁なのだ。大学生の美人な娘さんとボクを待ってくれていた。

で、実に偶然なのだが、指定された店に行ってみたら、カウンターの中に立っていたのは関西勤務時代に二度ほど飲んだことのあるMさん。門戸厄神の「遊楽」という串揚げ&ワインの店で店長をしていたのであった。「あ、あ、あ、えーと、Mさん!」「そう! お久しぶり!」みたいな会話をして握手。Nさんも偶然を喜んでいる。しかし、なんつうか……これで食べざるを得なくなった(笑) あまりにお腹一杯だったのでお酒だけ飲もうと思ってきたのだが、Mさんが作るのなら少しは食べたいし、食べないのは失礼だ。

ということで、最初は野菜系をほんの少し。だんだん調子が出てきたので肉や餃子やイチジクまで揚げてもらって、最後はご飯に味噌汁までもらってしまった。普通の食事じゃん! フルコースの後にはさすがに食べすぎ。過食が悪いことはわかっているが、ではこういう時間を大事にせずに何の人生かという思いもある。無茶できるうちはある程度仕方がないと腹をくくっている。

結局24時すぎまで飲んだり喰ったり。
アリゴテで乳酸の匂いが素晴らしくきついのを飲んでなかなか面白かったのだけど、造り手の名前を失念した。Mさんに聞いておこう。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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