アイン・ランド著「水源」読了
2007年5月17日(木) 5:36:59
二段組み1000ページの大部、アイン・ランド著「水源」読了。
前に書いたように、この本は1943年発表の古典であり、アメリカで700万部超売れているという大ロングセラーである。「アメリカの一般読者が選んだ20世紀の小説ベスト100」の第2位でもある(1998年ランダムハウス/モダンライブラリー発表。ちなみに1位は同じくアイン・ランド著の「肩をすくめるアトラス」だそうだ)。なのに2004年本邦初訳という不思議な本でもある。
舞台はニューヨーク。モチーフは建築。
このモチーフは構造物としての音楽や文学や絵画にも置き換えられるし、フランク・ロイド・ライトをモデルにしたといわれる天才建築家の主人公ハワード・ロークもイエス・キリスト的普遍性を持つ。
実際は3日前に読み終わっていた。でもまだ頭が整理できなくて…。いまでも興奮さめやらず、ベッドサイドに置いてパラパラ読み返したりしている。あれ?ド頭のロークはどうだったっけ? この辺のドミニクはどうだったっけ? ゲイルはあそこではどう表現されてたっけ? とか、いろいろ振り返りたくなるのだ。
前半は軽快。中盤からは手に汗握る。終盤は小説というよりはほとんど思想を生で訴えてくる演説に近い。が、それがすべてのストーリーを受けているので説得力があるし実に感動的。数行読んではハァと来し方行く末を考えさせられ虚空を見つめる感じ。主要登場人物の印象が終盤に向かうに従ってすべて真逆に変化し、そのベールが静かに少しずつ剥がされていく構成も見事(全4章、それぞれ登場人物の名前になっている。読了後、その章立ての「意味」に気づく)。一見めちゃくちゃに見える主人公の行動や恋愛のカタチも、読み終わる頃には納得のいくものになっている。
そして、自分自身の中に巣くっている「善」と「悪」の価値観が1000ページかけて引っ繰り返される。一般的にイイコトとされている「利他主義」や「無私」の真の意味をえぐり出し、その欺瞞を追求する。その上で真の「自己中心主義」の素晴らしさを読者の胃の腑にすとんと落とす。その思想も筆力も凄まじい。
もう主題もなにもかもラスト近くにコレデモカと説明されているのでここでは書かないが、「他人の生き方をなぞるセコハン人生」「他人の評価で自分を決める精神」を激しく反省させられ、真に自己中心で生き、真の自由を得るためにどうあるべきなのか、心底考えさせられるのは確か。ハワード・ロークにはとてもなれないが、近づくにはどうすればいいか、この世の中で何を大事にすればいいか、激しく迫られる。読みながら「そこまでオレを追いつめないでくれ」と悲鳴を上げる。
まぁ読了3日目でまだうまく消化できてないので、多少上気しつつ書いているが、必読本であることだけは間違いない。ハワード・ロークやゲイル・ワイナンドを自分の中に飼って生きるか、そうでないかで、人生に大きな差がでると思われる一冊。
※1998年ランダムハウス/モダンライブラリーの発表に関しては怪しい部分もあるかもです。
