友達できるかな

2007年4月 7日(土) 10:20:57

昨日は娘の入学式と祖母のお通夜。

入学式は荘厳系。ミッションスクール系の儀式は初めてだったが、校歌も歌わず賛美歌だった。ふーん。娘はそんなことより「知らない顔ばかりの中でちゃんと友達できるかな」ということが心配でならないらしく極度に緊張していた模様。ボクも中1の時同じ思いをしたのでよくわかる。周りがやけに大人に見えたりするし。ドキドキするよなぁ。

終わって近くのカフェで昼食を食べた後、一度家に帰り、着替えて祖母の家へ。

納棺までの儀式を葬儀社の指示に従ってこなす。今回の葬儀社はとても心遣いが行き届いていて感じが良く、違和感が全くなかった。こういうのも珍しい。
湯灌(逆さ水)、末期の水を親族全員でしてあげ、シャンプーもひとりひとりして上げる。祖母の頭を抱え丁寧に洗う。あぁこの重さの中にボクの記憶も含まれているのかと思う。お気に入りの着物への着替え・死化粧を葬儀社がしてくれるのを待ち、脚絆などをみんなでつけてあげ、抱え上げて納棺へ。生きているのではないかと思われるくらいキレイな死に顔になった。

納棺してから遺品などを柩に収めるのだが、ポルトガル旅行で撮った家族の写真も入れさせてもらう。妻とひ孫です。わかるかな。それと、頭がハッキリしているうちに読んでもらえなかった「人生ピロピロ」も入れさせてもらう。本とか書いたことを一番喜んでくれたはずの人である。冥土への旅路の休息時間にでも読んでください。

出棺後、みんなでお通夜をするお寺へ。懐かしい親戚たちもぽつぽつ集まり出す。密葬なので親戚以外には伝えていない。たった十数人だけど本当に悲しんでいる人のみの集会。親密で温かな空気が流れる。

お通夜の間、習い覚えた般若心経を心の中で唱えるも、久しぶりなので途中でつっかえてしまった。相変わらず詰めが甘いわ。復習して告別式ではちゃんと唱えよう。

よく、亡くなった本人は斜め45度上から我々を眺めていると言うけど、いろんなことがわからなくなった状態で亡くなってしまった祖母は、やっぱりボクたちのことをわからず眺めているのか、それとも明晰な頃の祖母に戻って眺めているのか、どっちなんだろう、なんてくだらないことを考えながらお経を聞いていた。

もし次の世があるなら、新しい環境に目を輝かせる新入生の如く、祖母も新しい希望に満ちているのかもしれない。そして響子みたいに「友達できるかな」って緊張しているのかもしれない。さようなら、っていうより、がんばって、という気持ちに最後にはなった。

自宅に入るとき「清めの塩」をかけるべきかどうか迷った。穢れてないのに清めるべきなのか。清める必要はないよなぁ。でも迷っているうちに親に促され、なんとなくかけてしまった。告別式の後はかけるのやめよう。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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