祖母、亡くなる

2007年4月 6日(金) 5:52:54

こんな関係であった祖母、死去。昨日の朝6時30分。眠るような最期だったそうである。そしてあっちへ行ってしまった。

会社に行って最低限のことをして夕方抜け出し、病院から自分の家に帰った祖母の家へ行く。
保土ヶ谷の月見台。ボクはここで6年ほど居候させてもらい、渋谷の中学高校まで通った。

春爛漫。桜満開。この辺りは特に桜の木が多い。建て替えも進み景色はそれなりに変わったが、桜の木は30年前と同じ老木たちがまだ現役で咲いている。お前らも歳くったなぁ。

急坂を上がって丘の上へ。見覚えある小道を見つけ、寄り道。そうそう、この小道を入るとここに出るんだった。とか、そんな十数年ぶりの追体験的探険で時間を潰す。死に顔を見るのを先延ばししているらしい。

とてもキレイな死に顔だった。頬を撫でようかと思いつつ、なぜか手が出ず。

母、父、叔父、叔母たちと静かに話しつつ、昔を懐かしむ。
祖父が慈しんだ庭を眺める。ねぇあのサルスベリってこんなに小さかったっけ。

まぁなんつうか、そんなにセンチな気分でもないのだけど。
ポルトガルから帰るのを待ってくれ、4月の寒い雪の日を避けてくれ、満開の桜まで贈ってくれたのは、いかにも気を遣う祖母らしい。あぁマジで桜がキレイだなぁ。トボトボ帰ってきた。

明けて今日は娘の入学式。そして祖母のお通夜。両方とも「新しい世界」へ入るめでたい儀式である。91歳。大往生だ。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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