祖母がボクのために使ってくれた時間
2007年4月 2日(月) 4:29:22
桜の花が咲き乱れる中、祖母のお見舞いに行ってきた。
6年一貫の中学高校に入学した途端父親が転勤したこともあって、ボクは中2前から浪人まで祖父母の家に居候した。そのとき親代わりになってくれた母方の祖母である。91歳。祖父は10年ほど前に亡くなってしまい、祖母も数年前から寝たきり。惚けてしまってボクのこともわからない。
祖母は本をよく読む人で、当時の共通の話題は本であることが多かった。
あの頃の中学生特有の青い読書(太宰とかヘッセとかドストエフスキーとか)につきあってくれ、ボクがかたっぱしから読んでいく本を祖母も追いかけて読んでくる。わかりもしないで青臭く論じる文学論に夕食時につきあってくれる。あの環境はずいぶんボクの読書人生に影響を与えた気がする。
当時一日6食食べていたボクに完璧に対応してくれたのも祖母だ。
考えたら毎朝弁当を作ってくれたんだなぁ。その巨大弁当は二時限目が終わった休み時間に食べちゃうんだけど、毎朝作るって大変だ(もうすぐ娘に弁当が必要になるからよくわかる)。そして部活で疲れて帰ってきたら夕食前に特製シチュー。で、夕食と夜食。毎日毎日約6年間、そうやって対応してくれ、ボクの背を伸ばしてくれた。
身体がでかいこと。近眼なこと。読書好きなこと。食べ好きなこと。これらの要素を持っているのは二等親以内では祖母とボクだけ。隔世遺伝だねぇとみんなに言われた。実際、色濃く祖母の血が流れていると思う。
今はもう小さく縮み、面影もほとんどなく、本はもちろん食事も会話もできない。管をいっぱいつけて寝てるだけ。いつ容体が急変してもおかしくない状態が長く続いている。思えば感謝の言葉を面と向かって言ったことすらなかった。今伝えてももう決定的に遅い。
いや、言葉ではなく。
毎日を無駄にせず「よく生きる」ことが、きっと感謝につながるんだろう。血を色濃く継いだ孫として、出し惜しみせず生ききりなさいね。自分への念押し作業を入念にして病室を出る。
祖母の肉体は早晩滅ぶだろうが、自分が自分の人生をさぼらず楽しんで生きている限り、「祖母がボクのために使ってくれた時間」は滅びない。滅ぼすまいや。せめて。
