「掴んでいる」感覚
2007年4月 1日(日) 7:23:38
若い頃はベンチャーとかで成功してブイブイ言わせていて、あらゆる快楽に身を浸した色男だったんだけど、今は見事に落ちぶれちゃって、とはいえ酸いも甘いも噛み分けたおかげで「人生はブイブイだけではない」ということも知っていて、いい感じに肩の力が抜けてとっても魅力的になっているおじいちゃん。
ポルトガルってそんな感じだったなぁ。
それに比べると、日本は「落ちぶれつつあるのにまだブイブイの夢を捨てきれない青さ」みたいのがある。ブイブイの空しさは戦争やバブルで学んだはずなのに、もう若くもなく色男でもないのに、若造りしてギラギラがんばっちゃってる感じ。他の人の成功が妬ましくて「まだまだオレだって」ってギトギト張り合っちゃってる感じ。そんなんで格好いい中年や魅力的な老人になれるかな。醜く煮崩れなければいいけど。
別にポルトガルが老人の国っていうわけじゃないけど、なんか「自分はどうやって歳をとっていくのか」ということを何度も何度も考えさせられた国だった。頭の中がシンプルに整理されていく感じがずっとあった。フランスやイギリスや南の島で感じるそれとはまたちょっと違うベクトル。「センス良く生きつつセンスの良さを捨てる」みたいな。「人生の充実を知りつつ人生をスカスカにする」みたいな。「円を描いて円を消す」みたいな。
今、ちょっと「掴んでいる」んだよなぁ。
でもこの「掴んでいる」感覚も、東京で数日過ごすだけですぐ消えていっちゃうんだろう。なくすには惜しい。「死にたいな」と突発的に思うのはこんなとき。人生の果実を掴んだまま、スッと幕を引きたい誘惑にちょっとだけかられる。
