最期のお別れ

2007年4月 8日(日) 12:10:13

告別式。
日差しが柔らかい暖かい日。寺までの道は桜吹雪。ちょっと演出過剰だと思うほどの猛吹雪。まぁ賑やかなことが好きだった人だから。

式を終えて柩の中を切り花で埋め尽くし、最期のお別れ。そんではね。ありがとう。

焼き場に車で行って荼毘にふし、みんなでお骨を拾って、お寺に帰って精進落としの宴席。
元々明るい親族なので、わいわいと盛り上がっていく。祖母の15〜17歳時代の日誌が出てきたらしく、それを読んで祖母を偲ぶ。学校の宿題だったようで先生の赤が入ったりしているが、達筆で文章もうまくほとほと感じ入った。先生も総評で褒めちぎり「この才能を活かして生きて行きなさい」みたいなことが赤字で書いてある。

希望溢れる瑞々しい文章。
孫から見ると祖母は昔からずっと老人だったように思えるが、もちろん若い時代もあったし、心の中にこんな鮮烈かつ清新な思いをいっぱい抱えていたんだなぁ、と、いまさらながらの感慨。

娘は真新しい制服姿で参席。みんなに似合う可愛いと言われご満悦の様子。祖母の血を受け継ぐ若い子供の存在は座を明るくする。

「やっぱり焼くって大事ね。なんだかひと区切りついた」と母。
母、叔母、叔父の三人兄弟の連携もよく、とてもスムーズで親密なお葬式だった。お疲れ様でした。

ボクの葬式もごくごく少人数の密葬がいいな。
本当に理解してくれる人が数人いれば人生はそれでいい、と今回深く思った。他の人にはどう思われようといいや。あぁそれと、ひたすら性善説、そしてマザー・テレサ式に生きていこう、とかも祖母の死に顔を見ていて思った。ちょっと青臭いけど。

祖父母の生前の写真
デジタルデータで残しておきたいので。祖母の日誌も(老いて暇ができたら)デジタルデータにしたいと思う。祖母の瑞々しい思いを残しておきたい。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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