苦楽園口「THE BARNS」還暦祝い

2006年8月27日(日) 19:07:12

関西勤務時代の行きつけのバー「THE BARNS」のマスターが還暦になったので、そのお祝いをしに神戸まで一泊で行ってきた。

当時苦楽園口駅近辺に住んでいたボクは、近所のこの店にひとりで実によく通った。週2から週3、下手すると週4くらいは普通に顔を出していたと思う。現在、店にキープしてあるボトルのナンバリングが154。つまり154本目のOld Grand Dadが入っている。この店で飲むのはこのバーボンと決めている。

なんつうか、若いボクはここで酒場修行をしたのだと思う。常連が多く顔を出す住宅街のバーに馴染むのは相当ハードルが高かった。しかも関西人からは疎んじられる東京人。転勤したばかりで東京臭が抜けなかったボクは、理不尽なまでの白い目に耐えつつも、必死に食らいついていつしか大常連になっていった。なんであんなに食らいついたのか我ながらナゾ。

20代中盤。当時のボクは訳知り顔で、鼻っ柱も強く、プライド(単なる世間知らずの自惚れ)も相当高かった。
マスター(&常連客たち)はボクのそういう部分を徹底的に壊し、へし折り、切り刻み、「自分を笑える大人」に仕立て直そうとしてくれた。ま、まだまだ成長途上ではあるのだが、そういう道をつけてくれたことにとても感謝をしている。

東京に帰ってきてしまった今では遠くなりすぎて、1年に1回くらいしか行けないが、行けば30秒ほどで昔の関係に戻れる。昨晩もそうだった。マスターの辛辣かつ温かいひと言であっと言う間にあの頃へタイムスリップ。ガハハと笑ってジョークの掛け合い合戦。東京生活で全然でなくなっちゃったジョークがここだとこんなにイージーに大量に出てくる。不思議だな。

芦屋・夙川・苦楽園は相変わらず時間がゆったり流れていた。
往復の新幹線の友にと持っていった文庫本は「クライマーズ・ハイ」。日航ジャンボ機墜落事故を記者の目で描いたこの小説を読みながら、そういえば「THE BARNS」に初めて行き、ビクビクしながらカウンターにひとり座ったのは、日航機事故があったあの年の秋であった、と、ふと思いだした。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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