「今」を生きるって?
2006年7月18日(火) 4:58:36
カラダの節々が痛く、花火大会でのポール立てなどの筋肉痛かいなと思っていたが、どうやら珍しく風邪ひいたらしい。昨日の午後からだるくなり、喉も急に腫れ上がった。ううむ。モノ食べるにも一苦労状態。今晩はフレンチ会食なのになぁ。参った。熱計ったら37.5度くらいなので、まぁオコチャマ風邪ではあるのだが。
「海辺のカフカ」再読了。初読時はこんな感想だったが、今回は、そうだな、より深く「空っぽな存在としてのナカタさん」に惹かれた。もしくは「間にある存在としてのナカタさん」。彼を通してこの物語は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」とつながっている。
「間」に入り込んだ天然ホシノちゃんの存在も初読時では読み切れてなかった。「世界の終わり」の門番を思わせるカーネル・サンダースも。そして15歳のボクはある意思(資格)を持って「間」に入り込みそこから出てくる。keyになるのは愛と記憶(図書館も絵も歌もみんな「記憶」のメタファーだ)。
「記憶」って人生そのものだし、「現在」ってそれを認識した時点ですでに「過去」であり「記憶」である。「現在」を生きるってことは「記憶」の中に生きるのとニアリィ・イコール。じゃあ「今」を生きるっていったい何なのだろう? ベッドでうつらうつらそんなことを考えてた。つか、そんなこと考えてるから熱が出るのだ。寝なさいね。
