敢然と戦争ができない国で結構
2002年11月 3日(日) 10:24:45
平蔵骨抜き案をどう思うかと聞かれたら、その骨抜き過程を知るにつけ「また同じことの繰り返しか」という失望感に生ぬるく満たされる。なにが正解か誰も正確に予測できないんだから、最優先されるのは首相が指名した人が出した答えだろう。彼を信じて進むしかない。もうドカンとやっちゃってよとイライラしている国民も多いのではないか。
ただ、一方で「わりと健全なのかなぁ」とも思う。
いろんな論や抵抗勢力が出てきて「敢然と改革ができない国」というのは、「敢然と戦争もできない国」だ。戦前、追いつめられた日本は、天皇が任命した首相の決断で戦争をおっぱじめた。その決断を支持し一丸となった。そして多くを殺し、多くを殺された。決断力のある体制とは、ひとつ間違えると速攻で戦争できる体制でもある。決断力のない体制を情けなく思いながらも、健全かもしれないと思うのはそういうわけだ。
アメリカの新聞が「日本は大事なことを思い切って決める能力がない」みたいなことを書いたらしいが、あの国は権限が大統領に集中し速攻な改革が出来る反面、理不尽な戦争すらすぐおっぱじめられる危険も内包している。うまく行っているときはいいシステムかもしれないが、悪く使われると最悪なのだ。
とはいえ、調整ばかりして責任をぼかし、先送りで済ます体制がいいなんてもちろん思わない。
先送りせず実行を前提として解決の道を探る。そこに反対意見や議論が猛然と健全に起こる。そしてそれを取り入れる…‥そういう意味で、骨抜き案とはいえ、反対意見も取り入れつつ実行のためのカードをちゃんと切った竹中案を(経済的観点ではなく)支持したい。
