精神的な救援

2004年10月28日(木) 8:25:57


台風の被災者たちは地震の被災者たちとの報道格差・救援格差に相当ストレスが溜まっているだろう。あっちの方が大変だから、と理屈では納得しても、自分の被害が広く理解されず忘れさられていくような孤立感はボディブローのように効いてくる。物資ではない精神的な救援の方が必要かもしれない。

阪神大震災の2ヶ月後、ボクらは有志で、大型TVを車に乗せて「映画上映会」を被災地各所で開いた。被災生活が長引き、精神的に立ち直れない人たちに少しでも娯楽や歌や笑いを、と動いた。役に立ったかどうかわからない。余計なお世話だったかもしれない。いろんな反省はあるが、この国は経済とモノで成り立っているだけあって、精神的なものはどうしても後回しにされる。そこを何とかしたいと思った。だって被災者自身が精神的に立ち直らなかったら、いつまでたっても彼らは「被災者」から抜け出せない。物資が足りたとしても、心から被災者意識がなくならない限りダメなのだ。

民放は、レベルの低いニュースショーを流すくらいなら、ここぞとばかり総力をあげてお笑いを流して欲しい。不謹慎ではない。被災地の人々に笑いと希望を与えることこそ民放の役目なのだ。つか、現状、キミたちにしか出来ない。笑えば次に行ける。笑えば楽観が帰ってくる。あぁそういえば映画「笑の大学」は今週末公開だ。見に行かなくちゃ。

批判するには当たらない

2004年10月27日(水) 11:56:08


被災者の涙を撮りたいがためにデリカシーのない質問をするアナウンサー(死んでくれ)。あげく孤立地域に入り込み自衛隊に救助される報道関係者(迷惑すぎ)。ネコの手も借りたい時に人員を引き連れてパフォーマンスのために現地視察する政治家たち(邪魔なんだよ!)。それを政治的アピールに利用する民主議員(醜すぎ)。んでもって視察報道が民主より少ないとクレームつける自民議員(レベル低すぎ)。TVの安否情報を利用してオレオレ詐欺や義捐金詐欺をする人非人ども(言うに及ばず)。

今回、小泉首相は4日目に現地に入った。でも現地に入るのが遅いと岡田議員や田中議員が政治的批判するには当たらない。早く現地に入るなら村山首相でもできるのだ。
阪神大震災当時、村山首相は2日目に現場に入ったが、これには大変迷惑な部分があった。なんだあのパレードのような視察は。現地では怒っていたぞ。しかも村山首相は初動を間違った上で現地入りしたのだ。自衛隊の支援伺いを拒絶し、海外の支援も拒絶した(オレは忘れない)。それでいったい何人亡くなったと思っている。現地になんか入って救助の邪魔をせず、東京にいて的確な指揮をとるべきだったのだ。
今回ももちろん万全ではない。反省すべき部分はたくさんあるだろう(官房長官も認めている)。でも地震発生36分後には自衛隊のヘリが出動していた。仮設住宅着工も早い。首相は外にいて的確に総指揮をとることが仕事なのだ。現地入りする暇があったら他にやることがいっぱいある。

イキナリ親知らず抜歯

2004年10月26日(火) 22:18:33


虫歯ができたのでふらっと歯医者に寄ったら担当歯科医師が何やらウームと考え込み「抜きましょう」とさわやかに言いイキナリ親知らずを抜く羽目に。抜くのはほんの数分で呆気なかったが抜いたあとジワジワと痛みが侵蝕してきてウウウと唸りながら仕事をこなし、夕食後の鎮痛剤だけを希望の糧として帰りの電車も乗りきる。改札口を出ると朝と同じ女の子が雨の中アイフルのティッシュを配っており、おおキミはいったい何時間がんばっているのだと抜歯如きでウウウと唸っている自分がなんだかとってもダメなヤツに思えてき、帰宅後テレビで被災者の悲惨な様子を見てこれまたこの程度で唸ってる自分を恥じ入り、もうワシは鎮痛剤すら飲まぬ我慢するといきり立って夕食にうどんを作り食べる。1時間後我慢できず飲む。痛みは取れてきたが、うどんのカケラが抜歯の穴に入ってないかさっきから気になってたまらん。

ボクはいまでも「音」が怖い

2004年10月26日(火) 7:56:39


被災地に冷たい雨。これはこたえる。なんとか絶望せず当初の苦難を乗り切ってほしい。
余震も、ああいう地震を体験してない人は「震度4くらいでそんなに怖がらなくても」とか思うかもしれないが、もうね、トラウマになるくらい怖いんです、余震って。本震を思い出すし、壊れたときの音とかも甦ってきてパニックを起こしそうになる。ボクはいまでも「音」が怖い。大きな音がすると阪神大震災を思い出してパニック気味になる。

東京もいつ大地震がくるかわからない。家が壊れても生きていけるように、身軽になっておこうかな。震災以来また増えてきたいろんなモノを、少し捨てて整理しよう。

クネドリキと白いご飯

2004年10月26日(火) 1:02:04


クネドリキを本当においしいと思いましたか? というメール。メールをくださったご本人のみならず、友達に聞いてもおいしいと言ったヒトがいないとか。
ボクはクネドリキをおいしいと思うよ。もちろんそれ単体で食べて「うまひゃひゃ!」とはならない。単なる無味な茹でパンだし。でも、うどんと一緒で、無味ながらも食感と香りがあり、なかなかどうしてバカにしたもんでもないと思う。そのうえ、もともとクネドリキはソースを染みこませて食べる用途の方が多いらしいし、そのお皿を食べ終わったときにお皿がクネドリキでキレイに拭き取られているのが理想らしい。つまり、ソースを染みこます媒体なのだ。つゆだくのご飯がおいしいように、丼のタレが染みるにはご飯が合うように、チェコ料理のソースにはクネドリキが合う。ボクはうまいと思う。
アメリカ人に「パンにはいろんな味があるし、載せたり焼いたり蒸したりして楽しめるけど、ライスは同じ味だしバリエがほとんどない。日本人はみんな白いライスを毎日食べているというけど飽きないのか? 飽きるだろ? 日本人の舌が敏感ってホント?」と聞かれたことがある。確かにライスはパンほどバリエは多くない。外国人にとっては無味だろう。でも、うまいよね? あの味には飽きないうまさがあるよね? そういう微妙さかなぁと思う。おやすみなさい。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。