異邦人にトランスできる数日

2005年1月20日(木) 9:48:16

日本に似た街並にハングルが踊るソウル。あぁ欧米人とかから見たら日本もこういう風に見えるんだなぁと疑似体験できる街なのであるが、その感覚を日本に持ち帰って恣意的に使用してみると実におもろい。つまり、日本の街並を漢字やカタカナやひらがなを読めない外国人の目で見て、歩いてみるのだ(ソウルから帰ってきた直後はこれができる)。すぅっと異邦人にトランスする。自分の日常が妙にちっぽけに感じられる。世界中のいろんな街でいろんな喜怒哀楽が進行している中のほんの一例が自分の人生なのだという実感に浸れる。まぁだから自分の悩みや焦燥などたいしたことないのだよワハハな気分にすっと移行できるのだ。でも、帰国して数日経つと、もうやりたくても出来なくなる技なのだけどね。すぐ「馴れ」ちゃうのだ。あーつまらない。

人生初寄付?

2005年1月19日(水) 10:44:54

仕事と原稿と遊びとサイトと、1月2月でやるべきこと(やらないといけないこと)を書き出してゴチャマゼに優先順位をつけてみる。ちょっと唖然とする量である。一刻たりとも無駄に出来ない焦燥感。ま、充実といえば充実。春ころにはどっと弛緩できるように、最高速で生きよう。BGMはみなさんが教えてくれた(まだオススメメールが届くけど)「新しい日本の歌」たち。新しく若い歌こそ、いまのボクに勇気を与える。

津波被害に対して、娘の人生初寄付のために援助サイトなどを見回っている。乏しいお年玉の中からなんと「5000円出す!」というので寄付先探し役も気合いが入る。小さいところ、巨大なところ、地域的に絞られているところ、広く援助するところ、運営者の肉声が伝わるところ、いろんなところを見比べている最中。初寄付って「寄付した実感があるところ」がいいのか「寄付金というものは大河の中の一粒として消えていくのが本来なのだ」と最初は思わせた方がいいのか、いまひとつスタンスを決めかねていたり。

無事帰国

2005年1月18日(火) 21:31:38

ソウルから帰国。東京は実にあったかい。
ソウルでは午前中は会議して、昼前に走って現代百貨店(江南)の地下にキムチを買いに行き(ここの味付け好き)、その後ソウルッ子たちと飛行機の時間を気にしながらスンドゥブの店へ。これで3店、わりと有名な店に行き、スンドゥブ・チゲもそこそこ掴めた実感。わいわい食べてから車で空港へ。渋滞に巻き込まれわりと出発ギリギリに滑り込む。あぁ冷や汗かいた。
それにしても1月2月が実に濃い人生になりそうだ。バタバタといろんな仕事、いろんな行事、いろんな原稿、いろんな出会いがありそうである。カラダとデブリに気をつけて楽しもっと。

厳寒ソウルにて(4)3年キムチうま〜

2005年1月17日(月) 17:50:20

阪神大震災から10年。異国のホテルでたったひとりであの日のことを思い出して異様に怖くなった。神戸でも新潟でインド洋でも、言葉が通じない状況で被害にあった人がいっぱいいただろうなぁと妙にリアルに想像される。どんなに怖かったことか…。

今日は午前中と午後、ソウルは江南のおしゃれなオフィスで韓国人6人に囲まれてみっちりと濃ゆい会議をこなした。7時間。日本人はボクひとり。さすがに緊張したけど、みんなすげー好意的で気持ち良い会議になった、が、会議をこなしていくうちに緊急作業も発生し、「こりゃ一刻を争って企画せねば!」と予定を変更して急遽明日帰国することに。今日がソウル最後の晩になっちゃった。明日食べるはずの食事が心残り…。今晩はスンデ(韓国腸詰)を食べに行く。
食べると言えば、今日の昼に食べたキムチチゲが最高だったのだ。3年漬けたキムチを使っていて、さながらトマトスープのような甘い酸味が溢れる。最高。目ウロコ。ヨダレじわ〜。あぁもう一度あの店に行きたい。また行こう。来月も出張ありそうなので。

厳寒ソウルにて(3)夜メシ三軒ハシゴ

2005年1月16日(日) 21:31:32

「もう毛穴から飯粒が出そうですよ」と空港で別れた同行者に言われたほどで、さすがに食べ過ぎのソウル滞在なのだが、ジムで運動したのが効いたのか快調に腹が減り、夜はひとりで三軒ハシゴのお馬鹿食べ。
石焼きピビンパ発祥の店「全州中央会館」でそれを食べ、ありゃいまひとつねとがっかりしつつ、「明洞咸興麺屋」へハシゴ。咸興(ハムン)冷麺を食べ、お、これはいける!と味を舌に叩き込む。おとといの平壌(ピョンヤン)冷麺と合わせて、これで二大冷麺の特徴と味が掴めたかも。平壌冷麺はソバ粉。ソバの香りがプーンとし、歯できっちり噛み切れる。咸興冷麺はイモ類の麺で弾力があり、ゴムのように噛み切れない。平壌はトンチミ(大根水キムチ)の汁を使った冷たい汁麺だが、咸興はピビン麺(コチュジャン系タレと混ぜる)で汁はないのが代表的(汁麺もある)。
今晩行った「明洞咸興麺屋」は超極細麺で歯ごたえごしごし。あーうまい。お茶代わりに出た牛骨スープもおいしく、冷麺を食べ終わったらコチュジャンが残る器にそれを注いで飲むとまたうまい(うまそーに牛骨スープを何度もお代わりしてたら、店のおばちゃんがそうやってくれた)。

あ〜うまかった、満腹じゃ〜と外に出て、異様な人出の明洞地区を横切ってホテルへ帰ろうと思ったが、韓国無形文化財であるらしい石焼きピビンパが発祥の店のくせにあんなにイマイチだったのがどうしても不満で、ハッと気がついたときにはもう一店有名な「古宮」へ入店してしまっていた。食欲夢遊病患者かよ。あぁ食えないかもと思いつつ石焼きピビンパを注文。テーブル上にずらりと並んだパンチャン(おかず)にぐええとなりながらなんとか完食。結論。石焼きピビンパというものは本場でもそんなすげーうまいってもんではない。日本でもほぼ同じレベルが食べられる。つか、石焼きではない普通の方がうまいと感じた。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。