8月31日
2006年8月31日(木) 7:39:37
昨日紹介した斎藤泉さん。今日の記事によると「並外れた販売実績を築いた今でも『仕事は嫌なことばかり』と言う」だって(笑) きっとものすごく楽しく仕事をしていると想像したボクの負け。というか、まぁ文脈的には「だからこそ、それを改善するために現場からどんどん声を上げて、全体のサービスの質を高められる」と続くので、「嫌」=「つまらない」という意味ではないようだけど。
それにしても時給1200円かぁ…。歩合を入れても平均1700円とは!
ところで「おいしい店リスト」。
週明け9月4日月曜朝に、とりあえず「東京の行った店リスト」を再オープンします。900店くらいかな。以前の「おいしい店リスト」ですね。ダラ〜と長々表示するヤツ。同時に「好きな店リスト」もリンク先が増大すると思います。関西と地方と海外はそのあと作業に入ります。ただし「行った店リスト」は個人サイトの個人的食べ歩き記録であって、ガイドでも評価でもありません。そこんとこ、よろしくです。
今日は8月31日。特別な響きを持つ日ですね。お子さんたち、宿題、間に合いそうですか?
斎藤泉さん
2006年8月30日(水) 8:28:31
毎日新聞で連載中の「となりの達人」の斎藤泉さんがスゴイ。
新幹線のカリスマ販売員と紹介されているが、東京−山形・新庄の往復7時間に車内販売員1人が売り上げる平均額が8万円のところ、斎藤さんはその4倍近い30万円を売り上げるという。定員400人の車内で片道187人分の弁当を売った「記録」も持つらしい。2人にひとりかよ!
新幹線車内を往復して乗客のニーズに応えるだけの仕事で、なぜそんなに差が出るか。
昨日の記事にも感動したが、今日の記事もまたスゴイ。販売する商品のメーカーにまで直談判するその努力。一部引用してみる。
サラリーマンがターゲットになると見越して、黒とオレンジの力強いパッケージにすることや、「車内限定」の殺し文句を印刷することも依頼した。斎藤さんの提案はすべて反映され、月500個だった売り上げは14倍の7000個に急増した。
繰り返すけど、新幹線の車内販売員っすよ?
直談判する発想と勇気も偉いけど、他社販売員の意見を取り入れるメーカーも偉い!
彼女はきっと「ものすごく楽しく仕事をしている」だろう。
一方で、やる気なくぶつくさやっている車内販売員も多いと思う。
どんな仕事、どんな作業でも、努力と工夫でここまで伸びるしここまで楽しくなる。すげーなー。目が覚めた気分。
キーツ・マンゴー
2006年8月29日(火) 6:48:08
今年はマンゴーの当たり年♪
って、収穫の話ではなく、我が家に溢れた数が。
まず7月アタマに、ネットで知りあった方から宮古島の有機栽培のドでかいマンゴーが届いた。すばらしかった。うますぎ。いままで食べたマンゴーのトップ。いやーマンゴーをどこかで「うまいけど濃厚さがちょっと単調」と軽視していたボクを悔やんだよ。こりゃうまいわ。
んでもってつい先週、別の方から、沖縄のキーツ・マンゴーが届いた。
いわゆる一般的なマンゴーはアーウィン種。その出荷が終わる8月中旬頃からキーツ種のマンゴーのシーズンが始まるらしい。これって「幻のマンゴー」と言われていて沖縄県外ではめったに手に入らない。収穫量が非常に少ないらしいのだ。大きさはアーウィン種より大きく、赤くならないで緑のまま。全体が黄色くなって指で押してほにゃりとしたら食べごろだ。酸味があって至極あっさり。あぁこういう濃厚さだったら飽きが来ないなぁ。こりゃアーウィン種とはまた違うおいしさだ。うみゃ〜。
芦屋・苦楽園・原宿・青山
2006年8月28日(月) 6:59:36
土日は神戸に行ってたのは昨日書いたが、土日は他にもいろいろした。簡単に書いておこう。
土曜は夕方に関西に着いて、「THE BARNS」に行く前に2軒ハシゴ。
1軒目は阪急芦屋川駅近くのおでん屋「楽ぜん」。
ひとりで。ここ良かったなぁ。食べると口の中が清らかになるようなおでんなのだ。特に中の黄身の部分がパサパサになっていない卵と、香り高い牛すじ、プリプリする手練りのエビ天、ごっついでかい特製ひろうすが印象的。うまいので他にもいろいろ取る。ほんの少しだけ食べて次に行こうと思ったのに思わず取りすぎた。
苦楽園口「THE BARNS」還暦祝い
2006年8月27日(日) 19:07:12
関西勤務時代の行きつけのバー「THE BARNS」のマスターが還暦になったので、そのお祝いをしに神戸まで一泊で行ってきた。
当時苦楽園口駅近辺に住んでいたボクは、近所のこの店にひとりで実によく通った。週2から週3、下手すると週4くらいは普通に顔を出していたと思う。現在、店にキープしてあるボトルのナンバリングが154。つまり154本目のOld Grand Dadが入っている。この店で飲むのはこのバーボンと決めている。
なんつうか、若いボクはここで酒場修行をしたのだと思う。常連が多く顔を出す住宅街のバーに馴染むのは相当ハードルが高かった。しかも関西人からは疎んじられる東京人。転勤したばかりで東京臭が抜けなかったボクは、理不尽なまでの白い目に耐えつつも、必死に食らいついていつしか大常連になっていった。なんであんなに食らいついたのか我ながらナゾ。
