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ナット・キング・コール「恋こそはすべて(アンド・モア)」

CDジャケットLove is the Thing (and more)
Nat King Cole
1956年録音/東芝EMI

Nat King Cole (vo)
with
Gordon Jenkins Ochestra

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以前、男性ヴォーカリストで打順を組むなら、なんて書いたことがあるけど(オスカー・ピーターソンの「ロマンス」の項参照)、その時ボクは、

 3番 ナット・キング・コール
 4番 フランク・シナトラ
 5番 マット・デニス

とクリーンアップを組みました。

まぁ、世界最高の男性ヴォーカリストを上げろ、と言われたら、ボクはまずナット・キング・コール(以下ナッキンコール)を上げるんだけど、やっぱり4番には置きません。
彼は長距離が打てない、とかそういうのではなく、なんというか、シナトラみたいな「聴く側の気分を強力に左右するようなカリスマ性」がないんです。

ナッキンコールの、その果てしなく甘い声。
どんな気分の人でも、許し、甘えさせ、慰める・・・

そう、彼は全く球に逆らわない。
言ってみれば「広角打法」なんですね。外角の球は流し、内角の球は引っ張る。真ん中はセンター返し。
そんなヴォーカリストだと思うのですよ。だから3番打者。
それに対し、シナトラは外角のボール球も無理に引っ張っるような強引さがある。これは4番の資質。


例がわかりにくいな。

えーと、
シナトラには、聴いている人の気分を彼の気分に近づけさせるような強力な強制力みたいのがあるんです。例えば、彼がバラードを歌ったら、聴いている人はメランコリックになり、彼がリズミカルなのを歌ったら、聴いている人は明るくなる。そんな強制力。
彼が「主」で、聴いている人が「従」。
だから聴いている人はシナトラに振り回されるわけで、メランコリックに浸りたいときは、そういう曲だけをサーチしてCDをかけないといけない、みたいなことになるのです。

だけど、ナッキンコールにはそれがない。
聴いている人がどんな気分であれ、それを邪魔しない。
メランコリックになりたかったら、そのままCDをかけていればいい。どんなリズミカルな曲が流れてきても、それがそのままメランコリックに感じられるようなところがある。
逆に明るい気分の時は、どんなに悲しいバラードでも、そんなに悲しく感じられない。
聴いている人の気分が「主」で、ナッキンコールはそれを盛り上げる「従」。

なんというか、聴いている側がどうとでも聴き方を変えられるような、そんな「懐の深さ」がナッキンコールにはあると思うのです。


現代文学で例えると、シナトラは村上龍で、ナッキンコールは村上春樹、かな。
村上龍は唯一無二の視座を読者に強いるところがあるけど、村上春樹はいろんな視座を読者に提供する・・・例えて言えば、そんな違い。


必然的に、ナッキンコールを聴く割合は増えていきます。
だって聴いている側が、どんな気分、どんなシチュエーション、どんなメンバーでも、彼ならフィットする。
かといって、BGM的かというとそうではなくて、実に雄弁。

こんな歌い手、いままで出会ったことない・・・



さて。
このCDは、ボクが持っているたくさんのナッキンコールの中でも特に好きな一枚です。
まぁ有名な「After Midnight」ももちろん好きなんだけど、この「Love is the Thing」の方がより懐の深さが出ている気がします。
オーケストラ(ゴードン・ジェンキンス・オーケストラ)をバックに歌っているせいかもしれません。他のアルバムではピアノ弾き語りなので(彼はもともとジャズピアニスト)、やっぱりどこか懐の深さが分散している気がしますが、このアルバムにはそれはない。持ち味を十二分に出した名作です。

1曲目の「When I Fall in Love」からして絶品。
そして2曲目の「Stardust」なんかは、いままでいろんな人に星の数ほど歌われてきた曲ですが、そのなかのベスト歌唱と言っても過言ではない出来だと思っています。

他のアルバムとしては「Just one of Those Things」「Welcome to the Club」も好きですね。
ジャズピアニストとしての彼もなかなか素晴らしいです。不思議なことにピアノの音もとっても懐深いんですよ。
彼のピアノトリオ中心アルバム「Penthouse Serenade」なんてよく家でかけてますが、実に優しくて甘くて、どんな気分にもフィットしますね。




これを書いているのは1月31日。
つい2週間ほど前の1月16日に妻の優子の誕生日があって、家でつつましやかに祝ったんだけど、その時ボクはバンコク出張から帰ったばかりでお腹を壊していてお酒が飲めませんでした。
そのうえ優子もインフルエンザ上がりで本調子でなく、娘の響子も風邪気味で、結局ワインも飲まずケーキでお祝いしました。

ローソク立てて、部屋の明かりを暗くして・・・

こんなシチュエーションでも、ナッキンコールはぴったり来ます。
あの限りなく甘い声。
お酒がなくても娘が騒いでも、白けず酔える。

これがシナトラだったら、強制的にバーボンを要求してきたりしますが、ナッキンコールはケーキでも合います。
いや、それが例えお茶に焼き魚でも、きっとフィットしますね。

こういうヴォーカリストこそ「不世出」と呼ぶのでしょう。

そんな彼の懐の深さ、あなたもどうぞお楽しみください。




【1999年2月記】

1999年02月01日(月) 20:29:43・リンク用URL

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