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J・S・バッハ「ゴールトベルク変奏曲」

CDジャケットJ.S.Bach
Goldberg Variations

Keith Jarrett (harpsichord)

キース・ジャレット
1989録音/ECM

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ヨハン・セバスチャン・バッハの晩年の作品にして傑作です。

逸話的に「就寝曲」であるため、ボクも寝る前のクールダウンのためにかけることが多いのですが、実は日曜のブランチみたいな陽光溢れる時間にも合うのにこの頃気がつきました。


ご存知ない方のためにその逸話を簡単に書いておきます。

1741年。宮廷音楽家であったバッハはドレスデンに旅をし、世話になったロシア公使カイザーリング伯爵のもとを訪ねます。
伯爵は当時不眠症にかかっていて、眠れぬ夜、伯爵に仕えるヨーハン・ゴットリーブ・ゴールトベルクという14歳の少年にクラヴィーア(当時のピアノ)を演奏させるんですね。少しでも眠りが来るように毎晩毎晩。
で、この伯爵が、訪ねてきたバッハに「穏やかでいくらか快活な性質を持ち、眠れぬ夜に気分が晴れるようなクラヴィーア曲を作ってくれ」と依頼するわけ。
バッハは依頼に応えて「アリアと種々の変奏」(「ゴールトベルク変奏曲」の原題)を書き、カイザーリング伯爵は「私の変奏曲」と読んで長年眠れぬ夜にゴールトベルクに弾かせ、愛聴しつづけた・・・


という逸話。

なんだか逸話だけ読むと、「カイザーリング変奏曲」と名付けたほうが真っ当だと思うのだけど、なぜか14歳の演奏者ヨーハン・ゴットリーブ・ゴールトベルクの名前をとって「ゴールトベルク変奏曲」とされていますね。
あ、スペルは「Goldberg」なのになんで「ゴールドベルグ」ではなくて「ゴールトベルク」と呼ばれているのかもよくわからない。ドイツ語なのかな。どなたか教えてください。(**答えは一番下に)


で、逸話にすぐ影響されてしまうボクは「就寝曲」として長年聴いてきたわけです。
巷では「不眠症にはゴールトベルク」とまで言われていたりするんだけど、まぁ確かに効くかもしれません。気が安らかになり、肩の力が抜けまくる。そういう意味ではアリアを含めて32の変奏曲が展開するこのCDの最後の方はほとんど聴いていないかもしれないな。寝ちゃって。


さて。
ボクはトン・コープマンというチェンバロの名手のCDを愛聴してきたんだけど、ある日、立ち寄ったCD店でふとこのアルバムを手にしたんです。


え!?
キース・ジャレット・・・!?

あのキース・ジャレットが「ゴールトベルク」を弾いているの!?


バッハに挑戦するジャズ演奏者はわりといて、キース・ジャレットもその手のアルバムを出していたのは知っていました。
でもそれが愛聴の「ゴールトベルク変奏曲」とは知らなかったのです。

おお、「ケルン・コンサート」をはじめ、「スタンダーズ」や「パリ・コンサート」や「生と死の幻想」などなど、愛聴版だらけのフェバリット・ジャズ・ピアニスト、キース・ジャレットが、なんと「ゴールトベルク変奏曲」とは!!


ドキドキしながら買って帰り、さっそく家で聴きました。

アリアから始まる一連の変奏曲。
照明を落とした部屋の闇に、染みいるように忍び込んできた第一音。


・・・なんて、謙虚で真摯なゴールトベルクなんだろう。


敬虔な信者のようにバッハに向き合ったキース・ジャレットの、祈りにも似た真摯さが、一音一音、立ち上がってきます。
ある意味快活にして自由自在に演奏していたトン・コープマンとはまるで対極にあるような演奏。
こんなに一音一音から祈りが感じられるような演奏がこの世にあるとは・・・。


この演奏はボクに「写経」を思わせます。


一音一音、鍵盤の中央に正確に指を下ろし、祈りと共に鍵盤を押し下げる・・・
そんな「写経」のような謙虚さ、真面目さ、内省さ。

ジャズ・ピアニストの第一人者であるキース・ジャレットが、「ジャズ的なもの」に逃げずに、真っ正面からバッハを見つめている、憧れと畏れをもって、バッハに対峙している。その緊張感がボクに「写経」を思わせるのかもしれません。

そして、バッハの意図した「穏やかでいくらか快活な性質を持ち、眠れぬ夜に気分が晴れるような」主題は、キース・ジャレットによって、より人生の深みと清浄さを感じさせる主題へと変化していくのです。
作曲者の想いが、演奏者の手を経て、深く濃く変化していく・・・これぞ、クラシックの醍醐味ではないでしょうか。



いつだったか、この演奏を「くそ真面目で面白みがない」と書いた批評をどこかで読みました。
専門家に言わせるとそういうところがあるのかもしれません。
でも。
でも、この静謐さはボクを捉えて放しません。
就寝時はもちろん、朝も昼も、自分の気持ちを静かにクールダウンしたい時、この曲は見事にその効果を発揮します。

たぶん、バッハとキース・ジャレットのコラボレーションが、ボクの精神にピッタリはまったということなのでしょう。

浮ついた毎日を静かに沈めてくれる、これは大事なクスリなのです。



ちなみに、この演奏の録音場所は八ヶ岳高原音楽堂。

「写経」的な部分を感じたのは、日本のしっとりした空気の中で弾かれたせいもあるかもしれませんね。





**「スペルは「Goldberg」なのになんで「ゴールトベルク」なのか」

大阪の鶴見さんからいただきました。

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ご想像の通り、ドイツ語の発音です。(私はこの2年あまりドイツ語を習っています)
gold はゴールト、berg はベルク、と読み、どちらも濁りません。ただし、形容詞になると濁り、golden は英語と同じくゴールデンと発音します。要は、dとかgで終わる音だと濁らないって感じです。

あえてそれぞれの言葉の意味を言えばGoldは「金、金色」、Berg は「山」という意味なんですね。ですから伯爵の演奏者である14歳の少年の名前を、日本語で考えるなら、ま、どうでしょう、金山くん、って感じかしら。ちなみに、活版印刷の創始者、グーテンベルク Gutenbergも濁ってませんね。同様に、善山さん、って感じでしょうか。
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鶴見さん、ありがとう!


【1999年6月記】

1999年06月01日(火) 22:51:29・リンク用URL

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