2016年上半期にショックを受けた3つの制作物

2016年9月16日(金) 14:08:43

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もう先週になるか。
ボクが主宰するコミュニティ「4th」にて、「元官房副長官と語るポリティカル・ドラマとしてのシン・ゴジラ」と題する夜ラボ(セミナーみたいなもの)をやった。

ボクは2016年の上半期に(一応作り手の端くれとして)ショックを受けたことが3つある。

平野啓一郎の「マチネの終わりに」を読んだこと。
映画「シン・ゴジラ」を観たこと。
リオ・オリンピック閉会式の日本へのハンドオーバー演出を見たこと。

オーディエンスとしてではなく、一制作者としてショックを受けた。
というか、かなわない、としか思わなかった。

たいていの制作物は、どこかで自分と比べて、「なんとか手が届くのではないか」、つまり「自分でも作れるのではないか」と思ったりもするのだが(それがいかに傲慢かは自分でもわかっている。でもそういう希望や奇跡を信じないと制作者なんてやってられない)、この3つに関しては、「あぁ、到底手が届かない高い頂きだな」と素直に感じた。

あえていえば3つめのハンドオーバー演出は、広告マンたちが中心になって企画されていることもあり(つまりボクと作り手としての文法が近いこともあり)、なんとか手が届く気がしないでもない、と最初は思った。

でも、文法が近いからこそ、あの8分の凄さが逆にしみじみよくわかる。

全体構成の妙やさりげなく見えている細部のすごい作り込み、キャスティング交渉の地獄(特にマリオとドラえもんの同居)なども舌を巻くが、なによりも、たった8分で「東京五輪? なんだか恥かきそう」と思っていた国民の多くの気持ちを一気に「お、行けるんじゃないか!我々はできるんじゃないか!というか楽しくなりそうじゃん!」と180度ポジティブな空気に変えてしまったクリエイティブのチカラが凄まじい。

これこそクリエイティブのチカラだ。
一制作者として、やっぱり「手が届きそうで手が届かない遠い頂きだな」と、思わされた。
※政治的にどうなのかと言う方もいらっしゃるが、今回はクリエイティブな側面から語っているのでそこはご勘弁※

ちなみに、この3つに加えて、昨晩、4つめを体験した。

「矢野顕子×上原ひろみ」の矢野顕子40周年レコーディングライブ。

それはもう、なんというか、生まれて初めて「演奏を聴きながらこの場所でこのまま死にたい」と思った体験であった。

でも、これについてはまだ体験したてすぎて未消化状態。
「すごすぎてよくわからなかった」という感じなので、しばしペンディングにしようと思う。いま現在は、上記3つが自分の中での「2016年上半期の神」である。

で、「マチネの終わりに」についてはまた書くこともあると思うが、とりあえず「シン・ゴジラ」について夜ラボをやったので、そのことを書いてみたい。

シン・ゴジラ。
まだ4回しか観ていないがw、なんだろう、いまだに「ある衝撃」にじっと耐えている感じがする。

観るまえと観たあとで自分の中の何かが圧倒的に変わってしまった。
そんな映画は、生まれて初めてかもしれない。(個人的体験としては、映画「ガープの世界」を観たとき、それが起こった。でも、あくまで映画館の中でのショックであり、シン・ゴジラはもっと脳みそ破壊的な何か、だった)

無理矢理ひと言で言うと「一個人の強烈に狭い感性と衝動でここまで強引に表現しきっていいんだ!」ということの再発見であり、自分という「作り手の端くれ」としての再構築という感じだろうか。

もちろんすべての作り手は「一個人の強烈に狭い感性と衝動」を拠り所に前に進む。

でも、そこを出発点としつつ、世の中に対して様々な「折り合い」をつけ、芸術と生活、クリエイティブと産業を馴染ませて行くヒトがほとんどだろうと思う(自分もどうしようもなく、そうだ)。

一部の先鋭的な芸術家はそういう「折り合い」をつけない。
だから彼らは同時代的には「喰えない」。つまり商業的にも世の中に折り合えない。

でも、東宝の象徴のひとつであるゴジラという商業的存在を使用して(私用して)、「一個人の強烈に狭い感性と衝動」に正直に、何も怖れずに作り、狭いどころか広く人口に膾炙し、商業的にも成功させる・・・

このことが「衝撃」だった。
そしてその衝撃がいまだ心の中で続いている。
というか、普通に落ち込んで、そこから脱出できていない。


2016年上半期の3つ、のうちのひとつとして取り上げた傑作「マチネの終わりに」の中に、「《ヴェニスに死す》症候群」という重要なテーマが出てくるのだけど、それを説明する一節にこうある。

「父からは《ヴェニスに死す》症候群だと言われました。父の造語で、その定義は、『中高年になって突然、現実社会への適応に嫌気が差して、本来の自分へと立ち返るべく、破滅的な行動に出ること』だそうです。まさにわたしです(笑)。--単行本P45--

トーマス・マンの「ヴェニスに死す」を読んだ方ならわかるだろう。
アッシェンバッハのタッジオに対する破滅的な衝動。それを象徴的に「《ヴェニスに死す》症候群」と名付けているわけなのだが、これはこの小説に描かれていないエピローグをも暗示する重要な提示である。

で、この《ヴェニスに死す》症候群という提示は、ボクにとって「シン・ゴジラ」を理解する大きな切り口になった。

ボクは、「シン・ゴジラ」の庵野監督に、《ヴェニスに死す》症候群的な「現実社会への適応に嫌気が差して、本来の自分へと立ち返るべく、破滅的な行動」を感じたし、そうじゃなければ作れなかった作品なのではないか、と、思った。

よく「シン・ゴジラ」と「エヴァンゲリオン」の類似性が語られるが、類似ではなく、「破滅的な行動」の結果、結局エヴァに行き着いた、ということなのだろうと思う。

エヴァ映画の続編を「現実社会への適応に嫌気が差して」作れなくなっていた彼が(実際に鬱病になっている)、一度「本来の自分へと立ち返る」という過程を踏んで、ゴジラというタッジオにその衝動をぶつけた、ということではないのかなと思う。

観客としてではなく、あくまでも作り手の端っこにいる人間としてだけど、

「そこまでやっちゃっていいんだー」
「それでしかも人口に膾炙したんだー」
「それって・・・それって・・・」

と、現実社会への適応をいろんな場面で考えてきた中高年であるボクは、その衝撃の強さにいまだ頭を抱え続けているのです。

そんなこともわからなかったのか、って思う方もいると思う。
いや、頭ではわかっていたと思う。
でも、正直、頭では理解していたかもしれないけど実感としてわかってなかったんだと思ったし、後半生の自分のテーマにようやく行き着いたのかも、という晴れやかな気持ちすらある。

同じ夏に、「一個人の強烈に狭い感性と衝動」を真っ正面に描いて、世の中と何かと折り合いをつけていたジブリを一瞬のもとに「古く」してしまった新海誠監督が人口に膾炙したのも、(自分の中では)偶然ではない。

って、話がズレる。
新海誠にまで触れるとただでさえズレているのがもっとズレる。
というか、すでに大幅にズレている。

本当は「元官房副長官と語るポリティカル・ドラマとしてのシン・ゴジラ」という夜ラボをやったよ、ということと、その超おもしろかった夜について書こうとしてたんだった・・・

もういい加減長いので、ブログ題名を「2016年上半期にショックを受けた3つの制作物」と書き換えて、とりあえずアップします。

「元官房副長官と語るポリティカル・ドラマとしてのシン・ゴジラ」は、また次回に。

※写真は、ゴジラのフィギュアたちと自分の3Dプリント

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター
(株)ツナグ代表。(株)4th代表。独立行政法人「国際交流基金」理事。復興庁政策参与。公益社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。東京大学大学院非常勤講師。上智大学非常勤講師。
朝日広告賞審査員。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。
現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。
本名での著書に「明日の広告」「明日のコミュニケーション」(ともにアスキー新書)。「明日のプランニング」(講談社現代新書)
“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(光文社文庫)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。
花火師免許所持。
東京出身。東京在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園夙川芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao[a]satonao.com まで(←スパムメール防止のため、@を[a]にしてあります)。

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