シャープやパナソニックやソニーの凋落を、広告人や広告会社はもっと恥じるべきじゃないかな
2013年3月25日(月) 11:44:26
最近、広告人と話すとき、「シャープやパナソニックやソニーの凋落をどう思うか」と話題を振ってみることがある。
そして少し絶望的な気分になる。
誰もそのことを恥じていないからだ。
少なくともボクが話した人たちはピンと来ていなかったし、積極的に恥を感じている人に会ったことはない。
「おかげで広告の売り上げが下がったよ」と嘆く人が多いし、客観的に(他人事みたいに)各社の戦略ミスや製品の開発姿勢などを批判する人すらいる。
まぁわかるんだけど。
でもさ、もっと恥じようよ。
広告人、もしくは広告会社は、シャープやパナソニックやソニーの凋落を恥じるべきだし、そのことをもっと反省してやり方を変え、違う姿勢でクライアントに向き合っていかないといけないとボクは思う。
シャープやパナソニックやソニーがこれまでどれだけ広告費を使ってくれたか。
そして我々広告人や広告会社は、商品広告のみならず、イメージ広告やブランド広告、イベント、販促などを駆使して、シャープやパナソニックやソニーのファンを作ってきたはずなのである。
少なくとも、それを目標に広告コミュニケーションを考えてきたはずなのである。
なのに、生活者は、ちょっと他メーカーでいい製品や安価な商品が出たらすぐそっちに行ってしまった。
ファンとして応援する声も(一部を除いて)聞こえてこなかったし、業績が悪い会社の商品を買い支えるなんてことも起こらなかった。
広告はいったい何をしてきたんだろう。
業績や商品が多少ダメでも、そのメーカーやブランドの「本当のファン」であれば、すぐに浮気などしない。というか、そういうファンを作ることこそ、広告の仕事の大きな部分ではなかったか。
もちろん、広告コミュニケーションはその時々の売り上げには貢献してきたとは思う。
でもそれは瞬間的かつ場当たり的で、ちゃんと「企業と生活者の関係」を築けてこなかったのだと思う。エンゲージを結べてこなかったのだ。累計何百億円もの広告費をいただいていながら、ファンの醸成すらできていなかったということだ。
広告なんてしょせんそんなもの、という考え方もあるだろう。
広告がいかに生活者との関係性を取り結ぼうと、商品や経営がダメならそのメーカーは凋落するし、もともと広告になんかそんなチカラを期待していない、という考え方も確かにある。そして、一方通行的であったマス広告の限界がそこにある、という言い訳ももちろんできる。
でも。
当事者である広告人および広告会社が、そんな自己否定をしても何も始まらない。
広告は、シャープやパナソニックやソニーをはじめとするクライアントの「本当のファン」を作れてこなかった。
このことを心底反省してやり方を変えないと、広告コミュニケーションという手段そのものが、クライアントから見捨てられる日が必ず来るだろうと思う。
幸いなことに、ソーシャルメディアをはじめ、生活者と関係性(エンゲージメント)を取り結べる手段は増えてきた。時代はマスメディアからマンメディアに舵を切り、広告を含むコミュニケーション領域は大きく変化する兆しがある。
これを機に、謙虚に反省して、やり方を変えよう。
クライアントの真のファンを一から育て直そう。
強く強くそう思うのだけど。
焦ってるのはボクだけなのかな。。。
ボクは関西勤務時代、長くパナソニックの担当だった。
ここ数年のパナソニックの悪い業績の記事を読むたびに心が痛む。もちろん必死に働いたし仲間たちもがんばってきた。でも、広告にできることはもっとたくさんあったのではないだろうか。
ここを恥じて反省しないと、次の一歩が踏み出せない気がする。
※たくさんの反応、ありがとうございました。賛否両論わかれ、ネガな反応もいろいろあったので蛇足的追記を書きました。
