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浪人時代に学んだとても貴重なこと

2013年2月21日(木) 7:23:22

ボクは大学受験で浪人をした。

ボクはこの浪人の1年間に本当に感謝している。
もちろん、翌年、曲がりなりにも志望校に受かったから言えることではある。でも、結果論とはいえ、感謝している。

なにをって?
「ちゃんと自分と向き合って努力する時間を持てたこと」を。

思い返せば、あの浪人の時期、ボクは初めて「自分と向き合うこと」を知り、初めて「ちゃんと努力すること」を学んだ。

もちろん、現役時代の勉強でも、高校時代の部活でも、それなりに自分に向き合い、努力はした。
でも、浪人してからの切実感とは比べ物にならない。なにより「人生背水の陣」という真剣勝負感が全然違う。

浪人生は文字通り脱藩状態だ。
高校生でも大学生でもない。ひ弱な「個」としていきなり世間の風に吹きっさらされる。環境が変わり友達も激減する。だから否が応でも「自分と向き合わさせられる」。自分ってなんだろう。この人生をどうしたいんだろう。

高校という組織に所属していたときは楽だった。
言われたことをやっていればよかった。温室に守られて文句だけ言っていれば良かった。

でも、所属がなくなった途端、ひ弱でやせっぽちで何者でもない自分に気づくのである。

だから、毎晩のようにベッドで自分を省みることになる。
「個」としての自分を、弱みも強みも含めて何度も咀嚼し反芻する。そうして見えてきた「自分のダメな部分」と闘い、克服しようとする。勉強の努力だけではない、克服の努力までそこに加わるのである。

そんな向き合い方は(高校時代には)なかなかできない。
というか、今でもリアルにそのときのことを覚えているけど、浪人の1年間を経て大学に入って、現役で入ってきた同級生たちと話をして、彼らのあまりの「幼稚さ」に驚愕したものである。浪人の1年という時間はそのくらい人間成長を後押ししてくれた。

ボクはときどきヒヤッとする。
あの超甘ちゃんだった自分が、もし浪人もせずに現役で大学入って、ちゃらちゃらのほほんと大学生活を送って就活し、適当な会社に入っていたらどうなったか。自分に向き合う機会を一度も持たずに社会に出ていたらどうなっていたか。

そういう意味でも、ありがたい1年間だったなぁと思うのである。

通った予備校(駿台)ではかけがえのない先生に何人も出会った。
たかが予備校の教師とか思っている人は何も知らない。彼らは「自分と向き合っている真剣勝負の浪人生」を前にして毎時間毎時間、命をすり減らして授業をする。現役クラスとは全然違う切迫感。奇跡の授業がいくつもあった。そんな体験も含めて、本当に貴重な1年間であった。

ちなみにボクの場合、その1年間で難病も患った。厚生省(当時)指定の難病。その克服までがそこに加わったのだが、まぁそれはまた別のお話。

ちなみのちなみに、受験本番まっさかりの娘に浪人を勧めているわけではないし、まだ結果が出ているわけでもない。

とりあえず、人生に無駄な回り道はひとつもない、ということである。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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