「効率」という言葉が格好悪くなる時代がちょいそこまで来ている気がする
2013年1月15日(火) 12:41:09
ここでご紹介するのを忘れていたが、去年、並河進くんにインタビューを受けた。
佐藤尚之(さとなお)さんに聞く「効率じゃないコミュニケーションへ」(前編)
佐藤尚之(さとなお)さんに聞く「効率じゃないコミュニケーションへ」(後編)
インタビューというのはおもしろいもので、自分が一方的に話す講演とは違い、自分が潜在的に考えていることが本人の意志とは無関係に染み出したりする。
もちろん聞き手がよくないと無理なのだけど、並河くんはその点とても優れた聞き手で、彼本人の話をしながら話し手の反応を探っていく。つまり並河くんという触媒をボクに振りかける作業をきちんとするのである。
たいていのインタビュアーは聞き手に徹し、話し手が自由に振る舞えるように一歩引くが、実はそれでは「その聞き手がインタビューしている意味」がない。インタビュアーの個性こそが、そのインタビューを活かしもし、殺しもする。
そういう意味で、並河触媒を振りかけられたボクは、広告コミュニケーションに関して自分でも気づかなかった深層的な部分をわりと話してる。
いや、たいした話ではないうえに、本人しか気づかないようなちょっとしたことなんだけど。
前編、後編に分かれているけど、特に後編は、読み返してみて「自分の中の気づき」があった。
「大きくぶちあげたものはすぐ消費される話」〜「効率じゃないコミュニケーションの話」あたりは、ボクが潜在的にやりたいことがかなり染み出しているなと思う。
マスメディアという拡声器を使っての「ひとつの声が一瞬で大勢に伝わる効率の良い伝達方法」を基本とするマス・マーケティングの時代がここ数十年あったわけだけど、これは有史以来とても「異常」なことだったと思う。我々はこの時代しか知らないからこれを「普通」と思っているが、実は普通じゃない状態だ。
これからは「ひとつの声が少数に人の温もりをもって伝わる効率の悪い伝達方法」に徐々に戻っていくんじゃないかと思う。ネットという距離を越えるインフラを得て、ソーシャルメディアというつながりメディアを持った上で、マス・マーケティング時代以前へ。
まだまだそのほんの入り口にいるんだけど、「効率」という言葉が格好悪くなる時代がちょいそこまで来ている気がする。
そういう意味で、「マス・マーケティングのリハビリ役」みたいなことがボクはしたい。
マス・マーケティングにどっぷり浸かってプロとして動いてきた上で、ソーシャルメディア上の『個』のコミュニケーションにもどっぷり浸かっているからこそできることがあると思う。
もっと人間臭い、効率的ではないかもしれないけど人の温もりが伝わる、『個』の信頼と共感を纏った、そんなコミュニケーション。
ボクが模索しながら進んでいる先はきっとそこなんだろうな…。
インタビューを受けた当初は「地味でつまんねー話をしちゃったなぁ」と落ちこんだりしたんだけどw、そういうときに限って意外と自分の本質が出ていたりする。
ということで、もしお時間あったら、お読みください。
あ、そうそう、並河くんが本を出しました。
Social Design ―社会をちょっとよくするプロジェクトのつくりかた
ボク、帯に推薦文を書いてます。
こんな推薦文。
「いま、並河くんほど目が離せない人はいない。」
本音です。
