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あのころの「生へのどん欲さ」が、一瞬リアルな感覚として戻ってきた

2012年8月27日(月) 9:16:36

こないだ血液検査をして、γ-GTPと尿酸値の値が多少高かったのだけど、まぁたいしたことないかと高を括っていた。主治医も「まぁちょっと気をつける程度。飛び回る生活しているわりにはまともな数値」と言っていたし。

そしたら、「甘くみちゃあかん!」「年齢的にもちゃんと数値下げとけ!」とか、病気経験者の先達たちから次々と厳しいダメ出しを喰らった。

特に、先週、大阪出張の際に立ち寄った苦楽園「バーンズ」で、マスターからのダメ出しは厳しかった。
というか、痛風になったらどんだけ痛いか、どんだけしんどいか、という経験談。うー、わかった。わかったから!

まぁなんというか、確かにここ1年ちょいくらい、ちょっと「自暴自棄的」になっていたですね。自分のカラダに対して少し「いじめ」が入っていた。痛めてやれ、みたいな感覚。

独立したし、カラダが資本。何はなくともカラダは大切にしないといけない。
それはアタマではわかっていた。

でも、なんか、うまく言えないけど、自分を「いじめ」ている自分がいて、いままでだったら控えたような脂肪ものやフライものもばくばく食べてたし、20年くらいあまり食べたことなかったジャンクフードも間食で食べたりしてた。深夜ラーメンなんてほとんどしないタイプなのに、飲んだ後ひとりで流れたり。

運動も極端に減り、ミネラル・ウォーターを飲む習慣も途絶えて水分摂取が減っていた。ずっと守ってきた朝昼晩の規則正しい食事習慣も「食事する時間もない」とか自分に言い訳してかなり崩していた。

なんでだろう。
自堕落になったというより、なんか「自分をいじめてる感覚」の方が強い。ちょっと自傷行為に近い感じ。

大震災の影響がないとは言えない。
あの日以来、なぜかあらゆる「カラダにいい習慣」が止まってしまったし、去年末くらいからちょっと鬱っぽくもなっていた。

被災者の方々やもっとがんばっている支援関係の人と比べると情けないけど、やっぱり助けあいジャパンをはじめとするいくつかの支援プロジェクトを1年半やってきて、「常に被災地と向き合う」「被災者と気持ちを重ね合う」ということがじわじわとボディブロウのようにココロに影響を与え続けたのかもしれない。

そのうえ偶然とはいえ同時期に独立。
26年勤めた会社を辞め、いままでとは全然違う不安定な生活に入った。仕事のプレッシャーも格段に増えた。

・・・まぁ、そんなこんなでストレスが溜まったんだろうと思う。
そして無意識にカラダ(つまり自分)を軽んじて、自傷に向かったのかもしれない。


先週金曜日の大阪出張。
当初は日帰りの予定だった。

ただ、帰って来れなかった。
大阪電通での講義を3コマ終え、中之島の川沿いの気持ちいいビアレストランでの懇親会に出たあと、最終新幹線に飛び乗ろうと新大阪に急いで行ったら、満席で乗れなかった。

途方に暮れつつ、とりあえずホテルを手配して、いつもの行きつけの店、苦楽園「バーンズ」に向かった。

まぁそこでマスターに「数値を甘くみちゃあかん!」と上記のように怒られたわけだけどw、常連さんたちと一緒にゆっくり飲んで、心底くつろげた。

そして、タクシーで「甲子園ノボテル」へ向かい、いいベッドといい空調の部屋でぐっすり眠り(いいベッドの部屋があるのです)、久しぶりに6時間も熟睡し、さわやかに目覚めて部屋のカーテンを開けた。

目の前に阪神間の素晴らしい景色が広がっていた。
晴れた日の六甲山と街の混ざり合う風景は絶品だ。


27年前の新入社員当時。
大阪勤務になり、関西がまったく初めてだったボクは、ある日、阪神間をひとりでドライブしていた。

そしてこの景色に出会った。
一目惚れだった。
次の瞬間、目に入った不動産屋に飛び込み(夙川の小さな不動産屋だった)、苦楽園口のマンションに住むことを発作的に決めた。

それから15年間、苦楽園〜夙川〜芦屋と、ずっと阪神間に住んでいた。

日本一の環境だと思っていたし、実際、いまでもそう思う。毎朝、毎晩、この美しい景色に触れられるなんて、あり得ないくらいシアワセなことだと思う。ボクは毎日、朝日に夕陽に輝く六甲山を眺めながら暮らした。そして人生を本当に楽しんだ。

そんな毎日を思い出していた。

あのころは本当に楽しかった。
なんであんなに前向きだったのかな。

なんで会社の残業時間記録を破るくらい働いていたのに、一方でサイト更新したり本を書いたり出来ていたのかな。なんであんなにいっぱい友人たちとも遊び、釣りもし、テニスやスキーもし、仕事もサイトも執筆も十二分にやっていけたのかな。カラダもしっかり気をつけていた。なんでそんなこと出来ていたのだろう。どうやって続けていたのだろう・・・

長い時間、窓外の六甲山を眺めていた。
なんか、いろんな感覚を少しずつ思い出してきた。
そして、アタマの中で小さなスイッチがカチッと鳴る。

なんかうまく言えないんだけど、あのころの「生へのどん欲さ」が、一瞬リアルな感覚として戻ってきた。

うわー、この感じ。。。懐かしすぎる。


そのリアルな感覚をこの手に収めていられたのはほんの一瞬だったのだけど。

でも、収めていた間の “感じ” はとてもよく覚えている。

危ない危ない。ギリギリだったかも。
あのころの「生へのどん欲さ」に戻ることは叶わないまでも、自分を軽んじて傷つける行為はもうやめないと。

長く手入れを怠った土壌を再び耕して肥沃にするのは大変だけど、なんとか戻せそうな気がしてきたぞ。

そんな月曜の朝です。

みなさま、今週も上機嫌で。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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