">

ネットで「個」を発信できるのは、当たり前なことではなく、実にラッキーなこと

2012年3月21日(水) 9:00:54

先週はプレッシャーのきつい講演が3つもあったが、その中でも特にきつかったのが、六本木ヒルズのアカデミーヒルズであった「レッツノート・ビジネススキルアップ・アカデミー」

ボクが20分話して、津田大介くんと15分対談、そしてまたボクが20分話して、津田くんと15分対談、という二部構成。
対談なら楽でしょ?と思われがちだけど、いつも話す専門領域ではなく、新しいテーマを与えられ、そこを自分なりに深く考えて臨まなければならなかった。そしてUstで全国に動画が流れる。プレッシャーきついなぁ。

その新しいテーマは「ソーシャルメディア時代の個の発信術」というたいそうなもの。
まぁ「個」での発信は17年も長くいろいろな分野でやってきたが、「発信術」を極めているわけではもちろんない。だからおこがましい。「とはいえ、まぁ話せるだろう」と軽く考えていたが、いざ何を話そうか考え出したら頭が真っ白になった。うーんうーん。頭抱えて数日。なんとかひねり出してスライドを作りコトに及んだのである。
まぁでもこうやって「無理矢理窮地に立たされる」と新しい自分が出てくるから(結果的に)楽しいのだけど。

第一部はこんな話をさせてもらった。

1995年まで戻って、モザイクやネットスケイプ1.0や、生まれ立てホヤホヤのヤフーやアマゾンの画像を見ていただきつつ、自分がその年にホームページで発信を始めたこと。そのころまだ個人サイトなんて100くらいしかなかったこと。なぜ始めようと思ったか。その辺から説き起こした(写真は一番最初のころのボクの“ホームページ”デザイン)

個が発信できるのがどれだけラッキーなことかということ。そしてその発信をなぜ17年も続けてこれたのかということ。個の発信をしつづけると、所属組織の外で人生が展開しはじめるということ。発信しつづけて自然と身についたことは何かということ。アウトプットの効用(アウトプットすればするほどインプットが増える)。自分をさらけ出す機会が増えれば増えるほど人間に裏表がなくなっていくこと。サラケダサビリティみたいなものが重要なこと。など。第一部は15分ほどでまとめてみた。

自分で自分の17年の発信の歴史を振り返りつつ。なんだか感慨深かったな。

ここ10年くらいのネット業界で起こっているいろいろな出来事は、ほとんど1990年代中盤の日記猿人やReadMeとかで起こっていた。そして最近ソーシャルメディア上で起こっているいろいろな出来事も、ほとんどボクが「ジバラン」を主宰して経験したことや、オンラインゲームの「ウルティマオンライン」で経験したことだ。マウスイヤーで進んでいるように見えるネット業界だけど、実は歴史は繰り返している。だからボクはいろんなことにものすごくデジャブー感が強い。

そして回り回って、あのころ(1990年代末)「インターネットってすげぇ!」「世の中を変える!」と思った感じが、いま、ソーシャルメディアでようやく現実化された感もある。一時期、2ちゃんも含め「ネットの闇」ばかりクローズアップされ、ネットがネガで残念な存在になってしまっていたが、もともとインターネットというのは親密で温かい希有な技術だと思う。それがソーシャルメディアでようやく現実化されつつある。待ちに待った千載一遇感。だからボクはこの世界に本格的に身を投じてもっとこの世界を広げようと決意した部分がある。

というか、「個の発信術」とかいうお題が出ること自体が奇跡的だと思う。

なんでって?
ええとですね、インターネットという技術が出現する前は「個の発信」なんて不可能だったから。だからそんなお題が出ることすら考えにくい。

たった20年弱前くらいまでは、何かを世の中に発信しようと思ったら、マスメディアに出るか、本を出すか、くらいしかなかったのだ。あとは広告クリエイターになるとかね。

でも、その場合でも、マスメディアや本や広告の文法やお作法に合わせなければならず不自由だった。自由な発信という意味では、個展や立会演説会や壁新聞みたいな手もあったが、発信できる範囲がとても狭い。

そう、ネットで「個」を自由に日本や世界に発信できるということは、当たり前のことではなく、実にラッキーな、中世や近世の人たちが考えたら、死ぬ程うらやましがられるような、すごいことなのだ。それを、しあわせにも、我々はこの手に持っている。

文明が誕生して約1万年。人類が有史以来手に入れられなかったものすごい恩恵。
個が自由に発信できていたら、もっと有名になったり、もっと世界をよりよく変えたりできた天才たちが山ほど歴史には埋もれていると思う。

そのことへの感謝の思いが常にあるなぁ。

同じように、「自由選挙権」というのも、人類がこれを手に入れるまでには長い長い年月がかかり、たくさんの血が流されたすごい権利。だからボクは選挙には「感謝の思い」が常にある。選挙権を手に入れるために人生を賭けて闘った人々への感謝があるから、選挙に行かない人がいるなんて信じられないのだけど、まぁそれはまた別のお話。

この講演の第二部で何を話したかは、また明日書きます。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

アーカイブ

同カテゴリーの他記事