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疲れと思っていたのは、なんだか固くギザギザした塊だった

2012年3月12日(月) 8:54:51

昨日の3月11日。
ボクは「助けあいジャパン」の仲間たちが集まっている麻布十番の本部で、14時46分をいっしょに迎えた。30人くらいは集まっただろうか。

毎月11日、ボクたちはここで情報共有会をしている。
というか、飲み会w 懇親会だ。いつもはわいわい盛り上がる。共有しないといけないこともたくさんあるし、イベント的な感じになるので、時間がすぐに3時間くらい経つ。

でも、昨日は静かに過ごした。
「1年目の311は特に報告もイベントもするのはやめよう」と前から決めていた。やるとしても被災地とスカイプで結んで現地スタッフとも話をするくらい。あとはゆっくり日本酒を飲み、静かに振り返ろう。311は祭りではない。今日だけ思い出して何か自己満足的なことをする日でもない。息長い支援を志すボクたちにとっては普段通りの「日常」に近い。

とはいえ、黙祷のときはグッときた。
近年になくつらい黙祷だった。

その後、NHKの中継での震災式典の天皇陛下のお言葉と、遺族代表の、特に宮城県代表の奥田江利子さんの言葉に涙した。腰が抜けて椅子から立てない。つらいなぁ。

ここ数日、友人の死や、117や311のフラッシュバックやらで、つらかったのが重なって責めてくる。

なんだかすっかり落ち込み、何も手に着かない。疲れ切ってしまった。
被災者に申し訳なくて「疲れた」とか言えなかったけど、でも、やっぱり疲れた。というか、結局なんの役にも立てなかったのではないかという底のない無気力が襲ってくる。

でも、同じように無気力になっている男が近くにいた。

助けあいジャパンをいっしょにやっている石川淳哉。

彼のブログを読んで妙に納得した。
そうか。この1年、ボクは外ばかり見て、内を見ていない。外に「助けあい」を求めて、内の「助けあい」には不感症だった。妻は実に多忙な毎日をかかえながらボクには何も求めなかった。娘は受験を控えて大変なのにわがままをほとんど言わなかった。

夕ご飯のとき、石川淳哉を習って「1年間、ありがとうございました」と妻と娘に言ってみた(照れたけど)。
石川淳哉本人にも伝えてみた。仲間たちにも、顔をひとりひとり思い浮かべながら、心の中で伝えてみた。

前を向いて進んでいられるのは、ボクだけの脚力ではもちろんない。

そんな当たり前の事実確認。
わかっていたつもりになっていたこと。
オレががんばらなければ、と、しゃちほこばっていたこと。
被災者のつらさを考えたら当たり前だよね、とか傲慢に考えていたこと。

氷が少しずつ溶けていく。

疲れと思っていたのは、なんだか固くギザギザした塊だった。カタクナナココロ。


2年目も。助けあおう。

ボクたち自身が、まず、助けあおう。

ちょっとずつ、立ち直っています。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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