自分の中の秩序が再生産される過程
2011年1月 3日(月) 21:18:25
この年末、掃除を毎日していて、「捨」も毎日していて、とても地に足がついた感じがしていた。
なんだか懐かしい感覚だった。
忘れかけていた大切なものを心の底の方から掘り出して、丁寧にほこりを払って手にとって眺めている。そんな感覚が常にあった。
まぁそのくらい、掃除とか、料理とか、日常のことから「精神的に」遠ざかっていたのだろう。
物理的にはやっていた。たまに。義務的に。
でも、自分の心のなかに落ちていなかった。掃除とかってもっと人生の根本的なことなんだな。
ツイッターでも書いたけど、こうして毎日のように掃除をするようになると、掃除をすることと生活を大切にすることはイコールなんだなって改めて気づく。
日々の生活を大切にすること。
お恥ずかしながら、それを思い出している過程に自分はいる感じ。
一人暮らしをしていた20代のころにはたしかに持っていたのに、30代中盤くらいまでもちゃんと持っていたのに、30代後半から最近まで、多忙という言い訳の元になおざりにしてきてしまったこの感覚。
内田樹のブログに「ご飯を作り、お掃除をすることの英雄性」という回がある(ツイッターだったかで教えてもらった)。
これなんかとてもとても理解できる。ボクも村上春樹の掃除場面が大好きだ。たしか「ねじまき鳥クロニクル」の中に、毎朝手際よく完璧に掃除する青年が出てきたと思うが、ボクは彼のそれがとても印象的で、象徴的だと思ったな。なんというか、常に崩れよう崩れようとする秩序を、その結果としての喪失と絶望から、元に戻そうとする行為。これこそがダンス・ダンス・ダンスの本質かもしれない。
それはともかく。
年末は終わったけど(12月のテーマである「捨」もだいたい達成されたけど)、これからも毎日のように掃除、そして料理をしようと思う。
自分の中の秩序が再生産される過程。
壊しちゃったものがたくさんあったんだなぁ。でもそれに気づくためには壊す過程が必要だったんだろうなぁ。とか思う。
