せわしくもせつない8月30日

2010年8月30日(月) 8:30:00

昨日の夕焼けは本当にキレイでしたね。
家の中までオレンジに染まり、なんか幻想的だなぁと思っていたら、娘が自分の部屋からやってきてボクをベランダに連れ出してくれた。そしてふたりで空の写真を撮った。なんてことないけど、きっとこんな時間をシアワセと呼ぶのだろうと思う。死ぬときに思い出したりするのかもしれないな、とか、写真撮りながらふと思った。

今日は8月30日。
小学生時代なんてたったの6年間しか経験していないのに、8月30日というと今でも反射的にせわしく、そしてせつなく思う。

8月31日だと単に「つらい」。宿題がまだ終わっていないという焦りと、それを責める母親との修羅場の思い出しかない。
8月29日はちょっと余裕がある。「まだ数日あるじゃん?」とか思う。本当はあと3日しかないのだけど、まだ20日台であるという事実が「まだまだ夏休み」という錯覚を呼び起こす。

でも30日は違う。かなり切羽詰まってくる。
夏が「本当に」終わる。休みが「本当に」終わる。宿題が「本当に」終わってない。すべてがリアリティを持って自分に向かってくる。

同時に、夏休みの初めには「7月一杯で宿題やっちゃってぇ…」とか皮算用してたのになぁ、なんでちゃんとやらなかったんだろう、みたいな淡い後悔に苛まれる。甘美な自己憐憫すらある。このままやらないで学校に行ったらどうなるんだろうという破滅願望すらむくりと起き上がってくる。「実はまだ1日あるじゃん?」と心の隅っこで悪魔がささやいたりもする。

そんな気分を、あれから40年近く経つのに、まざまざと、昨日のことのように思い出せる。だから今朝はちょっと胸が痛い。目が覚めてカレンダーを見た瞬間から気持ちがわさわさしている。落ち着かない。身の置きどころがない。実際になにがあるわけでもないのに、8月30日というだけでせわしなくもせつない気分になる。

歳を重ねて「楽しいなぁ」と思うのは、こうして心の中に豊かな感情をたくさん飼えることだ。映画からでも本からでも得られない、自分の過去の人生に紐づいた、自分だけの感覚に浸れること。そして(ちょっとだけそこに入り込むのにコツがいるが)その感情の中に上手に入って行くと、実に豊穣な時間が待っている。楽しい。時を忘れる。

そういう場所にスルッと入って行けた日は、テレビもつけず、本も読まず、ネットも見ず、インプットをなるべく減らしてその感情に身を委ねているのが楽しい。こういうとき「今日は妙に心が豊かなんで、会社休みます」とか言えたらいいな。そんな仕組みに世の中がなっているととってもいいな。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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