「ハイペリオン」再読
2009年11月24日(火) 9:17:56

鈴木剛介の「THE ANSWER」
は、世界中のすべての問いに答えようとする超野心的な哲学エンターテイメントであるが、その過程において「言葉」が重要なファクターとなっている。というか(乱暴にひと言で言っちゃえば)すべての始原を「言葉」と位置づけ、それ自体を答えとしている。それは正しい、と、心のどこかで膝を打ちつつ、心の別の部分では疑問が渦巻いた。
たとえば「共感」という「言葉を経由しない感情」はどうなのだろう。ボクにとって「共感」は「言葉」の母であり、共感から言語が生まれたのではないかと思っている(あまり深く "哲学" してはいないのだが)。そして「共感」こそ、人間を人間たらしめているものなのではないかと思っている。まぁ「THE ANSWER」はかなり緻密に書いてある本なので、中にそういう記述があったのかもしれないが(しばらく置いておいてから再読してみたい)、ざっくりとした読後印象はそんな感じ。←たぶん読みがまだ浅い。
で、唐突に「ハイペリオン」4部作を再読したくなった。
ダン・シモンズの傑作「ハイペリオン」4部作。SFではボクの中でJ.P.ホーガンのシリーズと双璧なくらい大切な作品で、もう3回ほど通読しており(1部あたり2段組500ページ超なので再読するにも体力と気力がいる)、今回やったら4度目の再読になる。

なぜそんな気持ちになったかというと、この物語の中で、機械(コンピューター)の神と人間の神が争うのだが、人間の神の唯一の武器は「共感」なのである。ただ、「言葉」も重要なファクターであり、ジョン・キーツ(実在する偉大な詩人)とマーティン・サイリーナス(重要登場人物のひとり)の「詩想」に世界のすべてが収束していく。「共感」と「詩想(言葉)」。これをどう位置づけて物語が進行したか。ここにどう上下関係(前後関係)があったのか。この辺の視点からあの物語を読んだことがなかったので、もう一度読み直してみよう、となったわけ。
で、ここ2週間くらいか、再読している。
昨日、第2部「ハイペリオンの没落」を読み終えた。これから3部4部の「エンディミオン」に入っていくが、ここからはもっと「共感」に寄っていったはず。2部が終わった時点としてはですね、ええと、よくわからん(笑)。サイリーナスの言いまわしが思わせぶりすぎて、キーツのほのめかしがわかりにくすぎて、筋を理解するだけでボーッとなり、言葉と共感の関係性まで読み取れない(これだけ難しいのに、これだけ飽きさせない物語も珍しい)。
でも、やっぱり思うのは「言葉」はコンピューターも人間も使えるが、「共感」だけは人間特有のものであるということ(一部の動物も持っているが)。そこに大事な始点がある気がする。4部まで読み終わったら今度は「THE ANSWER」を再読してみよう。この本には考えるいいキッカケをもらった。考えること、つまり「哲学」すること。そういう意味では実に『哲学」な本である。
というか、余談になるけど、「ハイペリオン」シリーズには本当にそうなりそうな未来がいっぱい入っていることに、いまさらながらビックリするな。映画「マトリックス」的なものも、ホーガンの「内なる宇宙」的なものも含めて、1989年発刊時点で、つまりグーグル誕生のはるか以前な時点で、これだけの予想(予言)をしていることに本当に驚くな。まぁウィリアム・ギブスンみたいな先人もいるわけだけど、それにしても。
