落ち込みや傷つきを回避するボクの方法

2009年10月 8日(木) 9:15:52

15年近くサイトをやっているわりには比較的「強烈な批判」や「誹謗中傷」が少ない方だと思うし、うれしいメールをいただくことの方が圧倒的に多いのだが(いつもありがとうございます)、それでもたまに激烈にイヤ〜なメールが届く。うれしいメールをすべて打ち消すくらい激烈で悪意に満ちたメール。
もちろんこうして不特定多数を相手に文章を発表しているんだから仕方ない。世の中には自分と価値観が違う人がたくさんいるわけで、だからこそ人生は面白いわけで(みんなが同じ価値観な社会なんて面白くもなんともない)。まぁそれでも傷ついたり凹んだりするのだけど、しっかり受け止めるしかない。

こちらを成長させてくれたり、気づきを与えてくれる批判はありがたい。こちらの過ちを教えてくれたり、一方的だった見方を矯正してくれたりする意見もありがたい。誠意をもって返事を出すし、そういうメールのやりとりから親しくなった人もいる。いま一緒に「うまい店対談」をやっている伊藤さんも、最初は批判(意見)メールからだった。そして何回かやりとりしているうちに非常に親しくなったひとりである。

でも、ちゃんとこちらの書いたものを読まずに思い込みで批判してきたり、いちゃもんに近かったり、悪意丸出しだったり、あまりに筋違い・的外れだったりする批判も来る。これは(長い経験から)返事を出しても絶対わかりあえないことが多い。というか、返事を出してもそれに対する返事が来ないことが多い(ほぼ100%)。空しくなるので最近は返事も出さない。悪意溢れるメールやブログを書く人も固定されてきたので、最近は読まないことにしている。

とはいえ、心の準備もできてないときに突然の暴力のように殴りつけてくる激烈な悪意もあるわけで、それがいかに的外れで筋違いで自分に責任がないものだとしても、なかなかにこたえる。傷つくし落ち込むし、たまには寝込む(笑)。更新意欲はなくなるし、生きていくのもイヤになる。

で、毎回そんなことになっていたら身が持たないので、一応処方箋をふたつ持ってやってきた。

ひとつは「昔の高校のクラスを思い浮かべること」である。
あのころのクラスの情景を頭に思い浮かべる。そして「まぁどうやってもわかりあえないヤツってクラスに数人はいたよなー」ということを思い出すのである。50人のクラスに2〜3人は(こちらから見て)「変なヤツ」がいた(あちらからみたらこっちが変なヤツなのだろうけど)。それが健全な社会の分布である。1万のアクセスがあったら500人、10万のアクセスがあったら5000人はそういうヤツがいるのである。そしてその変なヤツが気軽に発信する手段を得たのがネット社会。そりゃ一方的な思い込みで理解しにくいイヤなメールを送ってくることもあるだろう。仕方がないことなんだ、うん。 みたいな。

もっと強烈な、批判とも言えないような「いちゃもん」、もしくは「最初からこちらをイヤな気持ちにさせてやろうという目的で書かれたメールもしくはブログ」の場合は、「渋谷の雑踏を思い浮かべること」にしている。
そう、渋谷のスクランブル交差点のあの雑踏。あの雑踏を頭に思い浮かべ、サイバー空間を重ね合わせてみる。ああいう人たちで溢れているのがサイバー空間なんだと想像するわけ。そうすると「そりゃ渋谷には強烈に変なヤツがいるよな。変態だって犯罪者だって歩いてる。だってあれだけ雑多な年齢層、雑多な価値観が集まってるんだから」という納得がある。というか、渋谷を闊歩していた高校時代(ボクは渋谷の高校出身)、ボクも「超狭い価値観」で生きていたと今は思う。あんなしょーもないガキが「コイツむかつく!」と狭い価値観と悪意でメールを出すなら、まぁこんな、挨拶も礼儀もない、悪意に溢れたメールになるんだろうな。とか。そうやって納得していく。

「高校のクラス」、そして「渋谷の雑踏」。
このふたつに思いを馳せることがボクの「傷ついた心の修復方法」であり、処方箋なのだが、1年前くらいからそれにもうひとつ、「サンキュー!」が加わった。

どういうことかというと、「あー、あの文章を読んでこういう風に誤解していちゃもんつけてくる人がいるんだ。なんでこんな悪意いっぱいなのかな。落ち込む。すげーイヤ。すげーイヤだけど、悪意を持たれる可能性に気づかずにこういう内容をこれからも書き続けていたら、将来もっとイヤな目にあっていたかもしれない。致命的な傷を負っていたかもしれない。そう考えると、この程度の傷つきでそれを知ることが出来たのは逆にラッキーかも。大難になるところが小難で済んだのかも。うん、ラッキーだ。ラッキーそのものだ。それを教えてくれてありがとう! サンキューサンキュー!」てな感じ。心が傷つく文面をさっと読みながら「サンキュー!」と心の中で爽やかに叫ぶイメージ(笑)

と、前振りが長くなった(前振りだったのか!)

昨晩、和田裕美さん(ベストセラー作家にして有名な営業ウーマン)とご飯を食べた。
ちょっと原稿仕事の打ち合わせもあったのだが、まぁ前にお会いしたときと同じように、相変わらず普通で常識的で等身大。この方のどこに「28歳にして世界でNo.2の成績をあげた営業ウーマン」のパワーが隠されているのか、いつも不思議に思う。おかげで等身大のいい時間が持てたと思う。ご飯もおいしかったし。

で、何が言いたいかというと、彼女の新刊「人生を好転させる『新・陽転思考』」の考え方が、もろ、上記の「サンキュー!」と一緒なんですね(彼女の場合「よかった」という言葉だが)。そう、上記みたいな思考経路で「サンキュー!」「あぁよかった」と考えることが、まさに陽転思考。そのうえ彼女はその考え方を人生の諸相すべてに応用して使っているのである。あぁそうか、全部この考え方でやっちゃえばいいのか。それならボクでも出来るぞよ。

この新刊を読んだのが8月末だったか。それ以降、まだたった1ヶ月ちょいではあるが、自分の中に陽転思考を意識して取り入れてみている。
そしたら急にいろいろ楽になった。イヤなことがあっても、いったん落ち込んだりするものの、すぐに「気づかせてもらってラッキーだったかも。サンキュー!」と考えなおす。これがね、わりと効くんですね。仕事、人間関係、家庭、原稿、その他すべてに効く。そして人生がちょっと陽転しはじめる。なんか流れが変わってくる。鳩山さんとの一連も、もしかしたらこの陽転の流れかも。

自己啓発本はほとんど読まないのだが、彼女の本は「彼女のラジオ番組にゲストで呼ばれた」という縁があり、数冊読ませていただいた。数冊読むとわかるが、彼女の本はすべて陽転思考がベースになっている。だからこの新刊は彼女のエッセンス。別に知り合いの本だからではなく、いま壁にぶつかってる人や物事をネガティブに考えがちな人すべてにお勧めしたい本である。ちょっと流れが変わってくるよ。

ちなみに彼女もツイッターをやり始め、フォロワー募集中だそうです。IDは wadahiromi 。こちら。もしよろしかったら。

って、今日のも長いな(笑)。スマソ。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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