フロー型への転換点
2009年8月17日(月) 7:58:46
ツイッターで教えてもらったけど、このサンド・アニメーションはすごい。また泣いてしまった(笑)。同じヒトだとこれも素晴らしい…。
ツイッター、相変わらず浸かってみています(ボクのIDはこちら。フォローをどうぞ)。
やればやるほど、コミュニケーションの、なんか決定的な転換点のような気がしてくる。まだ始めてそんなに経ってないし態度保留状態ではあるけど、なんかちょっと「怯え」に近いものが心の奥にある。価値の転換点に特有な「怯え」。
どう言えばいいかな。小難しく言えば「ストック型からフロー型へ、人の生が変わっていく転換点」な感じかもしれない。
長く人類はストック型だった。固有財産もそうだし、知識や知恵も脳の中にストックしていく生き方だった。本だって本棚にストックしていくし、メールにしてもサイト(ブログ)にしても言葉や想いをストックしていく(もちろん例外もあるが全体の流れとして)。ストックすることは人として本能に近い自然な感情だったと思う。
でも、ツイッターに浸かってみると、強制的に「フローの奔流」に晒され、いままでのストック型生活と違う価値が一気に自分の中になだれ込んでくる。
生活も想いも言葉もフローしていく。つまりは人生が果てしなくフローしていく。切り取り方によっては自己の軽量化・細分化・断片化とも言えるのだが、でもそんなネガな感じではなく、「フローでいいじゃん」というポジな感覚が沸き起こってくる。だってそもそも人生ってフローだよね?みたいな。ストックしたってあの世まで持って行けないし?みたいな。
ここでフロー肯定になっちゃうと「いままでのストック型人生は何なんだ!」ということになるから、きっと個人的な「怯え」があるんだろうな。世代的にもどっぷりストック型だし。サイトにもどっぷりストックしてきたし。その辺、若手にはない根源的「怯え」がある。
もちろんフロー型の先例はいろいろあるし洗礼も受けてきた。WEB2.0やクラウドや集合知や知識の外部化にしたってフローな部分は多い。また、ツイッターにだってストックな部分はあるし、個人個人の使い方によってずいぶん違ってくるだろう。だから急に「怯え」だしたわけではないし深刻でもない。でもさ、なんか今回はわりと決定的な気がして。
ツイッターが持っている「決定的にフローな性格」は、普及すればするほど人の生に影響を与えるだろうし、コミュニケーション自体も根源的に変えてしまうかもしれない。もっとレポート的でイベント的で忘却的な何か。
というか、ツイッター的フロー型価値観が普及すると、たとえばストック型価値観では蔑まれがちなホームレスな人々(ストックを持たない人々)とかの立ち位置も変わってくるかもね。フロー型的にはアリでしょ。
じゃあ、そういう時代に「物欲を煽る」ってどういうこと? 広告コミュニケーションはどうなる? その辺を自分の中でしっかり解決しておかないと、なんだか本業的にも先に進めない感じ。ホント、先に進めない。もう少しどっぷり浸かって考え続けたい。
