経験値から自由であること
2009年6月24日(水) 6:23:15
ボクは「若者褒め派」である。
昨日のさなメモもそうだったし、いままでもいろいろそんなことを書いてきた。
実際、尊敬すべき有意なる若者は多い。学生に教えたりすることも多いせいか、一見ふにゃふにゃで情けなさそうに見える「イマドキの若者たち」が意外としっかりものを考えているのを知っているし、経済状況が悪い中で育ってきた若者たちの現実的な「夢」をなんとかバックアップできたらなと思っている。
あと、「褒める」ということを自分に課している部分も潜在意識的に少しあるかも。閉塞感ある社会でなんとかがんばろうとしている若者に少しでも自信と意欲を持って欲しいから。そして日本をちゃんと受け渡したいから。
肩書きも年齢も通じないフラットな価値観の「ネット社会」にもう15年身を浸していることも大きいかもね。メールなどで普通にやりとりしている人の中に10代の若者とかもいる。本当に肩書きも年齢も関係ない世界。ここにずっと棲んでいると、そういう不要な価値感から自由になれる。
というか、成功体験にがんじがらめになってそれを捨てられない「変われない大人」が嫌いなんだな。腐った大人が嫌い。不必要に上から目線の大人が嫌い。いまの日本の閉塞感はそんな大人たちのせいも多分にある。
でも、一方でボクはポジティブ・エイジング派。歳をとることの大礼賛者でもある。
悔しかったら早く大人になってみろ〜!と若者を囃したてたいと思うくらい「大人であること」が好きだ。生まれ変わるとしても10代20代とかまっぴらゴメン。体力だけはうらやましいが、あとは全然うらやましくない。若者でいるって大変だな、って同情しているくらい。
いや、昨日のさなメモを読んで、「さとなおさんはアンチエイジング派? 老いることへの抵抗感が大きい?」みたいなメールをいただいたので、うーん全く違うんだけどなぁ、そう読めるのかなぁ、と、なんとなく書いてみました。でも文脈なく唐突に書いているせいでとてもわかりにくいね。
なんというか、自分の考えに凝り固まらず、成功体験も身軽に脱ぎ捨てちゃうような軽やかでしなやかな大人が好きだし、そうなりたいと思ってます。「経験値が多いのに、経験値から自由であること」。そんな大人でありたいと心の底から思ってる。まだまだ軽やかには程遠いけど。
