場馴れするということ
2009年5月 7日(木) 7:39:44
書き忘れるところだったが、先月中旬にFMの録音に行ってきた。
TOKYO-FMの「Suntory Saturday Waiting Bar "AVANTI"」。今年で18年目を迎えるという老舗番組「アヴァンティ」にゲストで呼ばれたのであった。話のテーマは「ビジネス書」。でも、ついでにということで「食べ歩き」「旅の地でのいい居酒屋」についてもしゃべった。およそ3回分。「ビジネス書」については5月9日が放送日らしい。おっと、あさってじゃん。あとのは放送日未定。
落ち着いた番組だったせいか、聞き手が良かったせいか、リラックスしてしゃべれた。
何度か書いているが、ボクにとって「しゃべり」は最大の苦手分野だった。相当の上がり症なのです。だから「リラックスしてしゃべれた」なんて文章を書くたびに、ある感慨が呼び起こされる。よくぞ克服(もしくは克服途上)まで漕ぎつけたな自分、みたいな。講演でも出演でもプレゼンでも、リラックスできたということ自体に「これだけ不得意な分野でも克服できるもんなんだなぁ」と深い感慨を覚えるわけ。
だって、たかが会食で6人以上になるだけで緊張してたわけですよ以前は。どうにも大人数が苦手だった。講演のような数十、数百の単位になるともう全然ダメ。いやぁ、ホント、リラックスできる未来があったとはねぇ。30歳の頃の自分に教えてあげたい。
やっぱり成長の最大必須項目って「場馴れ」なんだろうなぁ。そう思う。不得意なことでも場馴れするくらい数こなすことである程度は克服できる。そして、得意になる必要なんかない、と思っていることでも、場馴れすることでいつの間にか成長していて違う次元に入っていたりする。ふと気づくとそれが「人生最大の得意項目」に変わっていることすらある。
そう思うとき、ある分野を強制的に「場馴れ」させてくれる会社員生活の良さに気づく。
強制的に配属されて、強制的に教育されて、日々「興味なかったこと」に従事させられる。これが思ったより人生を広げてくれる。人生で従事するとは思ってもみなかったものを無理矢理やらされ、場馴れし、得意になることで、思ってもみなかった自分の「向いている方向」が見えてきたりする。まぁ例外ももちろんあるだろうけど、でも途中で投げ出すより、ずっと続けた方が得られるものは大きい。よく「自分がやりたいことじゃない」とか言って腐る新人がいるらしいが、与えられた環境でちゃんと場馴れして成長することは結果的に他の分野にも多大なる影響を及ぼし、いよいよ「自分がやりたいこと」に取りかかるときの大きな大きな武器になる。腐るのは損である。
そういう意味で、最初からずっと好きなことだけやってきたヒトに、特有の「狭さ」を感じることがよくある。音楽系アーチストにしても料理人にしてもスポーツ選手にしても。もちろんその世界なりの「強制従事」はあるだろうし、ひとつのことからでも真理は学べる。その分野で一流になったヒトはやはり一流だ。でも「思ってもみない方向」への広がりがあるとないとでは長い間にずいぶん違ってくるのではないかな。中田ヒデの「旅」は(自意識過剰すぎて)あまり好きではないが、彼の焦りはなんだかよくわかる気がする。
北野武は、自分が得意じゃない分野にわざと足をつっこんで「自分にプレッシャーをかける」という。
これ、この頃よくわかるようになってきた。得意じゃない分野で場馴れして成長すると人生が相当広がる。もう得意分野だけで生きていける彼だからこそ、そこでとどまらないように不得意分野に自分をぶち込むんだな。自分が閉塞してしまわないための一番の処方箋かも。
