ポール・ニューマンが亡くなった

2008年9月28日(日) 11:50:49

ポール・ニューマンが亡くなった。83歳。

ボクは中学時代、アメリカン・ニューシネマと呼ばれた作品群が好きでそればかり名画座で追いかけていた。「俺たちに明日はない」「卒業」「イージー・ライダー」「真夜中のカーボーイ」「いちご白書」「ファイブ・イージー・ピーセス」、そして「明日へ向かって撃て!」。

特に「明日へ向かって撃て!」は異様に好きで、何度も何度も観た(またこれがよく上映していた)。暗記したくらい観た。その後ビデオも買ったしレーザーディスクも買った。ほぼアタマに入っちゃっているのでDVDを買う予定はない(というかDVDというメディアもそのうちなくなるだろうし)。
この作品でのポール・ニューマンが好きだった。意外と作品に恵まれてない人で、特にその飄々とした良さが出ている作品が少ないのだが、「明日へ向かって撃て!」の彼は人柄の良さが滲み出ていて良かったな。

「明日へ向かって撃て!」、とっくに座右のシネマコーナーに書いていると思ったがまだ書いてなかった。思い入れが強すぎて書けなかったのだろう。また再開したら書こうと思う。

彼の娘さんと仕事をしたことがある。
ハンク・ジョーンズを迎えて撮ったCMのジャズ・ボーカリストをやってもらった。さっきからそのファースト・ネームを思い出そうとしているのだが思い出せない。ポールお父さんが設立した会社「ニューマンズ・オウン」を手伝っている傍ら、シンガーも地味にやっていたのである。お顔もわりと地味で華はなかったな。でも歌は上手だった。

1997年、目黒の「蔬菜坊」にハンクさんと彼女を連れて行った。板の間の渋い店に最初は喜んでいたふたりだが、そのうち足がつらくなったらしく、ずいぶん居心地悪そうにしていたっけ。彼女を目の前に「うわー、ポール・ニューマンの愛娘と飲んでいるんだなぁ」と何だか呆然としたのを覚えている。暗記するくらい観たあの映画に出た彼と血がつながっている人が目の前にいる感慨。そして一緒に菊姫を飲んでいる不思議。

ちなみにそのCMシリーズ、次の歌手はニール・セダカの娘を歌手に迎えた。娘シリーズと言われたものである(彼女の名前は覚えている。デラ・セダカだ)。デラはとても魅力的で華があったが、いまは何をしているだろう。アマゾンだと「アイム・ユア・ガール・フレンド」というのが出てますね。でも鳴かず飛ばずかな。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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