東京の父

2008年7月24日(木) 7:03:34

昨日は午後から某所にて講演をしたのだが、新記録だった。何がって枚数が。えーと、2時間の講演でパワポを199枚分話しました。動画とかDVDも見せつつだから、ホントに不可能な枚数なのだが、なぜか昨日は話せる気がして、それだけの枚数を用意していった。で、終了5分前には話し終わり、質疑応答の時間まで取れたよ。すごい。奇跡的。

ただ、2時間たっぷりすごい勢いで話した結果、もう終わってからのガス欠具合と言ったらない。くったくた。おかげで夕方の打ち合わせとか夜の打ち合わせとかもふらふらで、歩いていると左右によろめくほど。基礎体力が枯渇してしまった模様。エクササイズと水泳を復活させたい(でも忙しすぎてまだ無理)。

夜は、以前から約束していた「父の会」に参加。
お世話になったある方(もう亡くなった)のムスメさんの「東京の父」が数人集まってムスメさんと飲む会である(その方とのエピソードはこちら)。彼女の実家は関西なので(いまは博多か)、彼女が東京にひとりで暮らしている間の父親役なのである。もう立派な中堅編集者になり、忙しくしているのだが、父親役を自認するオジサンたちに快くつきあってくれる優しいムスメだ。

昨日は八丁堀の「MARU」で少し飲んだ後、Mさんが単身赴任中のマンションで手作りのタコ焼きを披露してくれた。本人は「世界一の味だ!」と豪語するのだが、まぁ全く期待しないままに食べ始めたわけですよ。でもね、これが、うまかった。「店やってください!」とマジ顔で言ってしまったくらい。タコ焼きってそんなにうまいと思ったことないけど、昨晩のは良かったなぁ。また食べたい。

「東京の父」はボクを含めて3人いたのだが、ひとりは去年引退して奈良に帰り、Mさんも来年引退して大阪に帰ってしまう。そうなると来年からはボクだけになる。フミちゃん、父ひとり子ひとり、これからも仲良くしようね。

途中、ある仕事でトラブル判明。トラブルというかご逝去というか、なんとも理不尽で辛い結果に。
こういうとき、ボクは不感症気味で、当初はストレスすら溜まらず「あっ、そー。ふーん」と聞いているのだが、時間が経つにしたがってふつふつと怒りが湧いてくるタイプ(反応が遅いとも言う)。皆と別れたあと、夜遅めに街をほっつき歩きながら、溜まったストレスをいかんせんと考える。こういうとき大阪なら行く店がいくつかあるんだけどなぁ。東京だと「ちょうどな気分」の店がない。仕方なく家に帰って寝たよ。

あぁ、しかし、困ったなぁ…。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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