自転車は車ですから
2008年4月17日(木) 8:33:29
二回連続で自転車に当てられた。
ある晩と翌朝。二度とも若い女性の運転する自転車。二度とも商店街の歩道。車道とはガードレールで区切られているタイプの歩道。幅は三人が横並びできる程度。
一度目は夜。普通に歩いていたら、後ろから急にぶつかられた。チリンチリンもなし。
ぶつかられた瞬間、女性の「きゃっ」という言葉。自転車がよろけたのだ。ボクは右ふくらはぎを当てられた。まぁたいして痛くはない。とはいえ瞬間的に「もっとスピード落としてよ」とひと言出た。怒りというより注意である。
自転車は基本的に軽車両。車だから車道を走らなければならない。
というか、自転車が歩道を走っていい国なんて、先進国ではどこにもない(はず)。一度バンクーバーでレンタサイクルして、日本の習慣からなにげなく歩道を走ったら、若者からF○○○と中指を立てられたことがある。自転車は車なのだ。
日本の場合、自転車歩道走行可の標識が出ている歩道もあるが、それはあくまでも例外(その例外がほとんどの歩道で適用されているのが問題)。
その場合も前に人がいたら降りるか止まる。もしくは超徐行。歩道は歩行者優先だ。本来ならチリンチリンも鳴らしてはいけないくらい歩行者優先なのである(歩行者が邪魔な場合、鳴らしてどけるのではなくて自転車が一時停止しないといけない)。常識である。とはいえそんな常識も自転車初心者や免許を持たない人は知らなかったりする。言いたいことはいろいろあったが、全部引っくるめて「歩道を走るなら走るでいいけど、スピードは落としてよ」という意味のひと言を言ったのである。
まぁ当然謝るだろうという予想を覆し、その女性、このオヤジ何言ってんだみたいに天を仰ぎひと言、「そっちこそ真ん中歩かないでよ!」。けん責口調。え? ぶ、ぶつかられたコチラの立場は? 一瞬呆然としていたら、彼女は自転車を急発進させスピードを上げて去っていく。瞬間的に頭来たボクは「え? おい! 待て!……歩道を走るな!」と大きな声。でも最後の言葉は届かなかったかも。くそー。自転車を愛する人間のひとりとして許せん!
と、翌朝憤って妻に話し、用事があった妻と家を出てふたりで駅に向かっていた。
昨日と同じ歩道。夜と違って通勤で混み合っている。そしたらまた後ろから、チリンチリンもなく、右肘にガツンときた。今度も女性。前日は三十代前半ぽかったが、その日は二十代後半っぽい女性。朝で急いでいるせいなのかぶつかった後も速度をゆるめず、「邪魔なのよ!」と明確に語る一瞥を送ってきた上で何も言わず走り去っていく。思わず声が出る。「おい!」。大声。でもあっと言う間に遠くへ行っちゃった。
な、なんなんだ?
最近、自転車マナーが特に乱れているとは思っていた。自転車と歩行者との事故は10年前の約5倍らしいし、自転車に当てられて死亡した事故の例も聞く。でもその憂いもあるけど、今回の二件は「注意(チリンチリン)もない。謝りもない。それどころか『自分が正しい』と信じ切って相手を責める」という点がとてもショックだった。なるべく性善説で生きていきたいが、最近揺らぐことばかりが起こる。そういう時代? 日本だけ? 老人なら、ここから国を憂う論に発展させて新聞の読者欄に投書するところである。
ま、ボクの中のもうひとりの自分は「180センチ超で丸坊主のオトコにぶつかっておいて全く動じないのはなかなかなオンナである」と面白がる部分もあるのだが、でも限度があるなぁ。しかも二回連続。大声を出したのは恥ずかしいが、歩道で人に当たると大声出すオヤジがいる、という事実が少しは抑止力になるかもしれないから、これからも当たってきたら大声出すぞ。というか場合によっては説教オヤジになってやる。
ボクも自転車初心者のころ、歩道を走っていたりしていた。
だからそのこと自体は少し寛容に見たい。長く日本の習慣だったし歩道を走る例外も認められているわけだしね。でもさ、ぶつかったら謝れよ。生きていく上での基本すぎ。説教オヤジになるにしてもそこから話を始めないといけないのかよ。話長すぎ。道交法の話まで遠すぎ。
