うーさんの定年祝い

2008年3月 5日(水) 9:27:46

昨晩は大阪勤務時代の戦友たちと。
ボクたちが命をすり減らして働いた部の元部長(現局長)が定年を迎えたので、その元部長を含めて5人の部員全員、東京に集まったのである(いまその元部長が東京にいるので)。あっという間に昔の空気。あぁラクチン。

でもまぁなんつうか、今思い返しても地獄の日々ではあった。
忙しいなんてもんじゃない。常にバタバタしていたが、たとえば最高記録は一ヶ月で13本のCMを作ったことがある。ボクの担当で13本。部全体(5人)では一ヶ月にその倍くらい作っていた。あり得ないなぁ(同業界の方なら驚愕してくれるとは思う)。
残業時間もちょっとここでは書けない量(捕まる)。下手するとうちの会社の記録保持者かも。実際、昨日来た一番年下のメンバーはその部に移ってきて2ヶ月で過労入院。それを横目で見て「さもありなん」と納得しつつ、お見舞いに行く暇もなかったワタクシたち。

でもこの元部長の有能さと元気さとトラブル処理能力と「いい意味でのいい加減さ」は、ボクに多大な影響を与えてくれた。仕事上での「いまのボク」の80%くらいは彼によって育まれたと言っても過言ではない。

ついでに言うと、このサイトを一番更新していたのも彼の部時代。
あまりに忙しく、人間的な生活が出来なかったので(一ヶ月に30日出張とかもあった。長期出張じゃなくて一泊出張の積み重ねで)、そのはけ口として、空いている時間をサイトや執筆に燃えたのである。忙しい時の方が個人的活動がはかどる。これはボクの中での真理。

彼から教わったことはたくさんあるが、ボクの中で仕事上の教訓としているのはこのふたつ。

・毎回必ずひとつ、新しいチャレンジをしよう
・どんな小さな仕事でも必ずメジャーと組もう

特に後者は彼の真骨頂で、「えー、こんな小さなしょーもない仕事なのにそんな巨匠と組むんですか!」ということがよくあった。ラクチンな人と組んで流したいのに、その小さな仕事が巨匠のワガママとかで地獄に変わる。でもさんざん苦労して仕上げた後に気がつくのだ。メジャーならではの刺激だったり、自分の成長具合だったり、人脈の広がりだったりに。やっぱメジャーな人は何か違うものを持っていて、単なる「作業」を「仕事」に変えてくれるのである。

って、いろいろ書いていると二冊くらい本が書けちゃうので、はしょろう。
とにかく、うーさん、長いこと、ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

昨日はそれぞれ彼にCDをプレゼントし、奥様の手紙をサプライズとして用意して泣かせ、昔話で盛り上がった。
「タワシタ」「zorro」そして六本木の生ギター・カラオケのバーと3軒ハシゴ。カラオケなんか8年ぶり(←カラオケ嫌いなタイプ)。もともと持ち歌は「ひとり咲き」と「恋しくて」なのだが、昨晩は「万里の河」と「大きな玉ねぎの下で」を歌った。タマネギ好きとしてはやっぱりね(笑)

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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