村田靖夫さんのこと

2007年11月13日(火) 7:30:44

建築家の村田靖夫さんが亡くなった。
まだ62歳。なんともったいないことか。そしてとても悔しい。というのも、いま住んでいる家を設計してくれた方なのである。

あれはもう10年近く前かな。先祖からの小さな土地に二世帯を建てるとき、ボクは「新建築住宅特集」などの雑誌を数年分見まくって「住みたい家」を探した。いくつか「いいなぁ」と思える家が見つかった。逆に言うといくつかしかなかった。そしてそのほとんどが村田靖夫さんのものだったのである。

彼の建築はシンプルで飽きが来なくて余計なことをしない。いかにも「作品」って感じの家ではなく、どこか謙虚な作りの家なのだ。しかも中庭のあるコートハウスを得意としており、都会型のプライバシーが確保される。とても好みだった。

これは「出会い」だと思ったので、さっそく会いに行った。家は建築家と施主との共同作業だから、気が合わなければ結局ダメである。
幸い気があっていろいろ話し、その場で設計をお願いした。生き方の方向性といくつかの希望を伝えて、あとは彼の創意に任せた。余計なことをしないでシンプルにシンプルにしていく人なので安心だった。阪神大震災で懲りていたので家具はすべて作りつけ。それも彼にデザインしてもらった。

そうして出来た今の家は驚くほど不満が少ない。細かいところの設えが上手でよく考えられている。そのうちサイトにコーナーを設けて建築過程や家の細部の工夫などを(写真だけでも)載せたいと思う。

彼の作品は「村田靖夫建築研究室」でいくつか見ることが出来る。どれもある程度似ている。つまりボクの家も似ている。方向性はこんな感じである。

テレビ朝日「建もの探訪」の渡辺篤史が一番好きな建築家は彼だと聞いた。だからあの番組への登場率は高いらしい。彼の自宅にも探訪している。ボクの家にも出演のオファーが来た。丁重にお断りしたけど、こんなに早く亡くなるのなら出ておけば良かった。喜んだだろうに。

彼の想いが隅々まで詰まった空間で毎日生きている自分。何年も住んでいると彼の生き方とボクの生き方が自然と共鳴してくる。彼の生き方と対話しながら生活している感じ。住んでいるとわかるのだ。人生に対する彼の考え方が。でもその想いをカタチにした人はもうこの世にいない。なんだか不思議だ。今日もボクは対話しているというのに。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

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