自分のためにかけてくれた時間をいただく
2007年2月25日(日) 16:54:53
わりと好きでよく行く喫茶店に青山の「大坊珈琲店」がある。
くすんだ店内も好みなのだが、なんといっても大坊さんが時間をかけて入れてくれる珈琲がうまい。名物は取っ手のない大きな丸い器に入れてくれるミルクコーヒー。昭和の匂いのするカフェオレで、通い始めの初期はいっつもこれを頼んでいたのだけど、いつの頃からか深煎りのブレンドを頼むようになった。
この店の魅力は「時間がかかること」である。
ファストフード的カフェの対極にある。急いでいるときはとてもじゃないが入れない店だが、ここでゆっくり入れてくれた珈琲を飲むと、なるほど飲み物にしても料理にしても「相手が自分のためにかけてくれた時間をいただくのだ」と実感される。
というか、いろいろ経験しているうちに(歳をとっていくうちに?)だんだんそういう嗜好になってきた。味そのものよりも、かけてくれた時間や手間の方がうれしかったりする。カウンター割烹とかがこのごろ好きになってきているのもそういった点からかも知れない。ボクの顔を見てからボクのためにボクの目の前で作り始めてくれ、できた料理の皿を大事そうに手渡ししてくれる。中には出来上がった料理よりも待っている時間の方がおいしいような店もあるが(笑)、たいていはおいしく食べてもらおうといろいろ考えるところから料理を作り終わるまでにかかった時間分だけおいしく感じる。
先週、娘のお祝いを兼ねて、ある方に焼き菓子をいただいた。
手作りである。「こころをこめて作りました」と渡してもらった。
まぁお菓子のプロの方ではあるのだが、これが実においしかったのだ。家族中に衝撃が走った。「わたし、習いに行きたい!」と優子が騒ぐ味。シンプルな焼き菓子なのだが、おいしすぎて、もったいなくて、ちびちび食べている。
この焼き菓子は特に「ボクたちのためにかけてくれた時間を食べている」感覚があったなぁ。ボクたちのために一生の貴重な何時間かを使ってくれて、本当にありがとう。
