打ちのめされた
2006年12月 6日(水) 6:54:26
幻冬舎の見城徹社長の講演を聞いた。
題名は「『表現』は魂の救済」。杉山恒太郎さんとの対談ではあったが、杉山さんは見城さんの言葉を引き出す役割だったので、ほとんど見城さんが話した感じ。見城さんとは一度だけご飯をご一緒したのと、「見城徹 編集者 魂の戦士」という本を読んで感銘を受けたことがあるのとで(NHK「課外授業ようこそ先輩」出演をまとめた本だが、彼の半生、仕事のやり方・生き方をコンパクトにまとめたものになっていて、とても良い)、なんとなく話の内容は想像ついたのだが、それにしても……打ちのめされた。
講演中、面白いエピソードと豊かな言葉に圧倒されつつ、常にとらわれていたのは「オレは真剣に生きていない」という強い自己嫌悪。彼我の差に呆然とし、心から自分のサボリを憎んだ。オレは人生をさぼっている。生きることにハングリーになりきっていない。特にここ3年くらい。妙な落ち着きが出てきてしまっている(人生に)。表面的には必死に否定しつつ、どっか心の奥底で「まとめ」に入っているのではないか。まぁこれくらいか、と測っちゃっているのではないか。
彼の名言のひとつに「スムーズに進んだ仕事は疑え」というのがあるが、それに倣えば「スムーズに進んでいる毎日は疑え」なのかもしれない。流れに乗って泳ぐのは楽だ。楽であるから手をかくことをさぼりだす。まぁいいかと思い始める。でもそんな抜き手ではどこにも着けない。少なくとも「事を成す」ことは出来ない。
以前、見城さんとご飯させていただいたとき、前出の本を持っていってひと言書いてくださいとサインをねだった。「編集者はそんなことしないんだよ!」と照れて怒られつつ、ウンウン唸って長考し、ひと言書いてくださった。数々の名言を残している方なのでどんな言葉か期待した。でもとてもシンプルなひと言だった。
さとなお君! 一進一退!
当時より今の方がこの言葉の深さはわかる。まだ立て直せるだろう。いや、立て直す。立て直そう。
