大木を切るという不可逆

2006年3月15日(水) 8:05:07

沖縄から帰って家でホッとくつろいでいたら、娘が「お父さんに悲しいお知らせがあります。本当に悲しむと思う」と。 ん? なんだ? 怖いな。心して聞くから、はよ話し。

「あのね、お父さんがいない間にね……」
「うん」
「木が切られたの」
「は?」

くわしく聞くと、近所の感じのいい家がまたまた壊されて広い更地になったのだが(どうせ小さく分割されちゃうのだろう)、そこにあったこの辺では珍しい大きな木が4本とも醜く切られてしまったという。マジですか?  たった4日前には木は残っていた。大空に大きく触手を広げ、風が吹くとザーーと鳴った。どれだけあの音に癒されたか。
突貫工事で家を破壊している間、木には「残す」というテープが貼られていたので安心していたのだ。たぶん周りの家もあのテープで「地主さんも施工会社もちゃんと木を残す決断をしてくれたんだ」と安心していたはず。だましかよ!

急いで見に行ってみると幹は一応残されている。でも大きな枝はすべて醜く切られ、葉っぱに至っては0.1割くらいしか残されていない。常緑樹なのに丸坊主。あの「この〜木なんの木♪」みたいに丸く広がっていた枝や葉がすべて切られ、単なる一本の太い棒と化してしまっている。もしかしたらこのまま伐採するつもりなのかもと思えるくらい醜く無造作に刈ってある。

木については素人なので、実はこの切り方が木の成長にとって好ましい可能性もある。でも見た感じそれはありえない。数十年分の成長を切り落とされた単なる一本の棒。せめて1,2本大きな枝を残してくれていれば意図はわかるのだが、それらも根元からバッサリである。元の姿を取り戻せるとしても30年は優にかかる感じ。というか、枯れちゃうんじゃないか?

久しぶりに頭に血が上った。もちろん土地を持っている人の勝手である。でも大木を切るという行為が不可逆であることは知っているはず。しかも資材として使う木ではない。単に敷地の効率とか工事の能率とかを考えただけの行為としか思えない。

更地には管理会社として住宅メーカーの名が書いてある。クレーム親父になっちゃうかもしれない。でもクレームを入れてももうあの緑は当分戻ってこない。実に悲しい。

佐藤尚之(さとなお)

佐藤尚之

佐藤尚之(さとなお)

コミュニケーション・ディレクター

(株)ツナグ代表。(株)4th代表。
復興庁復興推進参与。一般社団法人「助けあいジャパン」代表理事。
大阪芸術大学客員教授。やってみなはれ佐治敬三賞審査員。
花火師。

1961年東京生まれ。1985年(株)電通入社。コピーライター、CMプランナー、ウェブ・ディレクターを経て、コミュニケーション・デザイナーとしてキャンペーン全体を構築する仕事に従事。2011年に独立し(株)ツナグ設立。

現在は広告コミュニケーションの仕事の他に、「さとなおオープンラボ」や「さとなおリレー塾」「4th(コミュニティ)」などを主宰。講演は年100本ペース。
「スラムダンク一億冊感謝キャンペーン」でのJIAAグランプリなど受賞多数。

本名での著書に「明日の広告」(アスキー新書)、「明日のコミュニケーション」(アスキー新書)、「明日のプランニング」(講談社現代新書)。最新刊は「ファンベース」(ちくま新書)。

“さとなお”の名前で「うまひゃひゃさぬきうどん」(コスモの本、光文社文庫)、「胃袋で感じた沖縄」(コスモの本)、「沖縄やぎ地獄」(角川文庫)、「さとなおの自腹で満足」(コスモの本)、「人生ピロピロ」(角川文庫)、「沖縄上手な旅ごはん」(文藝春秋)、「極楽おいしい二泊三日」(文藝春秋)、「ジバラン」(日経BP社)などの著書がある。

東京出身。東京大森在住。横浜(保土ケ谷)、苦楽園・夙川・芦屋などにも住む。
仕事・講演・執筆などのお問い合わせは、satonao310@gmail.com まで。

アーカイブ

同カテゴリーの他記事