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山羊地獄


山羊地獄


ぐえ〜〜〜〜! くっせ〜〜〜〜!


ボクの山羊(やぎ)体験はこんな心の叫びから始まった。


沖縄人は山羊(沖縄では山羊のことをヒージャーという。ヒゲがあるもの、という意味だそうだ。つまりはボクもヒージャーなのである)を食べる習慣がある。

なにかお祝い事があると、山羊を殺して食べる。クスリとしても食べる。最高の滋養強壮食として、いまだに沖縄では珍重がられているのである。

山羊肉はどうやらすごく臭いらしい、とは聞いていた。
沖縄の人でも食べられない人がいるくらいであると聞いていた。
でも、好きな人はこの世で一番の味とまで褒め称える。

実際、那覇の「兄弟寿司本店」の大将は「山羊って言葉を聞いただけで涎が出てきます」とボクの寿司を握りながら答えた。涎がいまにも寿司に落ちそうなくらいニタ〜〜〜と笑って。

「いやぁー、あんなうまいものはないです。あー、食べたくなってきたなぁ。山羊食べたいなぁ……はい、ミーバイの握り。おいしいですよ。え? 山羊とどっちが? そりゃ山羊の方がうまい」


おいおい……。


幸いボクは好き嫌いがない。何でも食べられる。
とりあえずこんなに好きな人がいるんだから、少々臭くても大したことはないだろう、と思っていた。だってフランス料理のラム肉とかでも臭い臭いと騒ぐオコチャマがいる世の中である。きっと山羊を食べられない人はそういう輩なのであろう。とにかくこりゃ楽しみだ……。


ひめゆりの塔の近くに有名な山羊料理店がある。
観光客相手のひめゆり定食をさらりと胃に流し込んだボクだったが、どうにも食べたりないので、そこに寄ってみることにした。
そう、昼飯のハシゴである。なんだか昔の大ご馳走であった山羊をここ南部戦線のど真ん中で食べるのも供養かな、と思ったのだった(うそである。ひめゆり定食があまりにまずかったので悔しかったのだ。昼飯を返せ気分だったのである)。 

出張後のひとり旅だったから優子も響子もいない。
まぁおいしかったらまたここに連れてくればいいやと思った。那覇から車で1時間も走れば着くのだから。


その店は「仲地山羊料理店」。

2車線のほそい国道沿いにポツンとある店で、わりとディープな雰囲気。
店の中には作業服を着た人が二人、山羊汁を食べていた。
匂う。店の中が。汗まみれの作業服か、と一瞬思った。わりと体臭がきつい人ならあり得るかな、と。
でも、厨房の方から匂ってくる。たぶんこの香りが山羊なのだろう。ラム肉をもっと臭くしたような濃厚な……


いや違う、この匂いは……


「いらっしゃい」
「えーと、山羊刺しと山羊汁をひとつずつください」


山羊の刺身。

山羊刺しこれは初心者にもわりと食べやすいとガイドブックには書いてあった。山羊汁はなかなかハードルが高いらしい。山羊刺し1000円、山羊汁1100円。沖縄にしてはやっぱり高い。高級品なのだ。

山羊刺しがまず来た。
ほんのりとピンクな肉。外側に皮がついたままだ。その皮はざっとバーナーで焼いてあるようだ。生だけど、あまり匂いはしない。さっそくかぶりついてみる。

固い。全体にふぐの湯引きみたいなプリプリ感がある。口に入れるとほんのりさっきから店に漂っている香りがしてくる。でも気になるほどではない。
ふんふん、これが初心者向け、ということだな。でも一人前でこんなにあったら食えないな。そんなにうめー!ってものでもないし。

と思っていたら、山羊汁が来た。


「毎週木曜日だけチーイリチーをサービスでつけているんですよ。どうぞ」


ほぉ、今日は木曜日だ。ラッキー!

チーイリチーとは血イリチー。つまりは山羊の血と肉や内臓などを一緒に炒めて煮るのである。見た目はビーフシチュー的だ。血は新鮮じゃないと使えないらしいから、つまりは毎週木曜日に山羊を一頭つぶす、ということかもしれない。

山羊汁とチーイリチーが来た時点で、食卓はいきなり匂い立った。


半端ではない。
目にしみるような匂い立ち方なのである。こ、これは……。この匂いって……。


とりあえず山羊汁を食べてみる。

ハフハフ、ズズズ……


ぐえ〜〜〜〜! くっせ〜〜〜〜!


この匂いはあれだ!
そう、動物園だ!


動物園の家畜舎に行ったことがあるだろうか。なんだかプーンと匂うでしょ、家畜舎。
あれと全く同じ匂いがする。
あれは不潔にしているからああいう匂いがするのかと思っていたが、違ったのだ! そうだ、あれは山羊の体臭だったのだったった!


店のおばちゃんがボクの反応を伺っている。
困った。
顔色を変えないように努力しつつ、チーイリチーを食べてみることにした。ハフハフ、ズズズ。


どっしぇ〜〜〜〜! もっとくせ〜〜〜〜!


こ、これは拷問みたいな臭さであった。

山羊汁生まれてこの方わりとゲテモノなども平気の平左で食べてきたボクであるが、この匂いだけは「カラダが危機感を持って拒否してくる」ものだった。


こりゃ、極端にすごい。


また、山羊汁もチーイリチーも内蔵たっぷりなせいか見た目もグロテスクで得体の知れないものがごちゃごちゃ入っている。
匂いは鼻に来る。グロテスクが目に来る。濃厚すぎる味が舌に来る。


うー、鼻も目も口も、全部まずい!


山羊汁にはフーチバ(よもぎ)がたっぷり乗せてある。
山羊の匂い消し、なのか? とりあえずフーチバも一緒に口に入れてみる。


にがくせ〜〜〜〜!


まるで匂い消しの役割を担っていないのだ。

いや、だいたい山羊のこの匂いを消そうなんて傲慢だ。消せるような生やさしいものではない。だからフーチバで香りを足しているわけだ。これはこれで工夫なのだ。
が。
量もあるだろうが、逆効果である。

山羊の臭さによもぎの野性的な香りと苦さが重なって異様にまずい様相を示している。こりゃ、まじ〜〜〜〜!


泣きながら喰った。
出たものは残してはいけない、という親のきつい躾の結果、食べ物を残せない体質になっているのだ。だからしくしく喰った。店のおばちゃんがニコニコ寄ってくる。

「おいしいでしょう?」
「……うまいっす(やけ)。でも本土の人間にはなかなか臭いですね」
「好きな人は本当に好きになる匂いなのよ。
 あら、チーイリチー気に入った? もうちょっとサービスしようかね」


待て!


待ってくれ!

やっとここまで減らしたのだ!

よせ!

やめろ!

悪魔〜〜〜〜!




おばちゃんは必至に胃に流し込んだ悪魔の食べ物チーイリチーをまたよそって持ってきてくれた。ただでサービスしているだけあって気前がいい。ドンっと大盛り。

泣いたです。本気で。もう目をつぶってかきこんだです。本当に地獄だったです。

その上イヤだったのは、次の日の朝、おしっこしたら山羊臭い。なんだか脇の下からも山羊の匂いが……イヤすぎ。

      



「でもな、本当に臭いぞ。臭くて泣くぞ」

その次に沖縄に行ったとき、優子が山羊料理を食べたがった。

彼女はチーズが好きでチーズのホームページを始め、ついにはホテルやNHK文化センターでチーズ講習の講師をするほどになってしまったラッキーな素人である。

で、チーズにはシェーブルという山羊乳を使ったものがある。
シェーブルチーズのもとになる山羊がどんな味がするのか、どうしても食べてみたい! と、イヤがるボクを引きずるようにして市内の山羊料理店に向かったのである。


今回は時間がなかったので、ひめゆりの塔の近くには行かないで、那覇の桜坂という飲屋街にある老舗の山羊料理店を訪ねた。

「さかえ」という有名な店である。

ボクは桜坂をさまよった際、その店の前まで行ったことがあるが、もうなんというか、超ディープで、入店するのに非常な勇気を要するような雰囲気なのである。

「だいたい響子は絶対食べないと思うぞ、くさくて」
「その時用にパンも持ってきたから大丈夫」

えーん、である。
もうこうなったら仕方がない。腰を据えてまた食べるしかない。


優子はボクをひきずっていることも手伝ってか、一見さんは非常に入りにくい店のドアをためらいなく開けた。中は暗い。そしてめちゃ古い。カウンターで常連さんぽい人々がワイワイと琉球言葉で話している。

「いらっしゃーい!」

めちゃくちゃ明るいおねぇさんが叫ぶ。この店をお母さんとふたりでやっている娘さんのようだ。奥の座敷に通してくれて、いろいろ説明してくれる。
ガイドブックによると、この店は珍しい山羊の睾丸を置いているらしい。もう腰が据わっているボクはこれを食べてみることにした。


「睾丸はあるんですか?」
「玉ちゃんね。ありますよー。おいしいよー」


明るい。よくしゃべる。よく笑う。しかも異様によく働く。この店が流行っているのはこの美人の娘さんのせいかもしれない。

その「玉ちゃん」と、山羊刺しと山羊汁と、野菜系が欲しかったからゴーヤー・チャンプルーも頼んだ。

玉ちゃんまず「玉ちゃん」と山羊刺しが来た。

「玉ちゃん」は直径10センチくらい。
白く丸いのをスライスしてある。はんぺんの丸いのをちょっと生っぽくした感じ。
うーん……やっぱりなかなか食べるのに勇気がいるな。
なにしろあの、めちゃくちゃ臭い山羊の、こともあろうに睾丸なのである。
う、やっぱり頼まなければ良かったか……食べ残すのはイヤだし。

とオーダーしたのを後悔しつつ食べてみる。
優子はボクの反応を見てから食すようだ。ずるい奴だ。あー、イヤかも。でもまぁひと口。


………ん? うまい。あらら、これはうま い!


なんというか、コリッとしてモチッとして、歯がすっと入りそうで入らない、そんなサクサク感があるのだ。そしてなにより山羊独特の匂いがない。ちょっとウドみたいな香りと酸っぱいような後味があるが、これが思ったより爽やかでうまいのである。

「ふーん、私も食べてみよっと……あら、ほんと、わりといけるわね」

陸のホタテ貝と賞賛する人がいるのもわかる味だ。
うーん、でも違う何かに食感が似ているのだけどなぁ、ホタテじゃなくて……

「モッツァレラ・チーズ!」

「そう! 鋭い! さすがチーズ講師!」


モッツァレラだ! モッツァレラをちょっとサクッとさせた感じ。
ちょっとトロッとしたところまで似ている。


「きょうちゃんも!」
「きょうちゃん……は、やめときなさい。玉ちゃんはまだ早い。早すぎる」


あら、どうして? と無神経なことを聞く優子を無視して代わりにパンをあげる。
父の想いは繊細なのさ。


次に山羊刺しに取りかかる。
これは「仲地山羊料理店」のよりもさらに匂いが薄く、かなり食べやすいものだった。ちょっと噛みきりにくく、ゴムっぽい食感だが、それなりにおいしい。

「あら、臭くないじゃないの」
「まぁ山羊汁食べてから言えよな」


……来た。
悪魔の山羊汁である。
いや、チーイリチーよりは悪魔度は落ちるが、それでも存在感は抜群である。


でも、なんか変だぞ……。


「仲地山羊料理店」のより汁が白い。フーチバの量も少ない。
それに……あの匂いが、テーブルいっぱいに匂い立ったあの動物園の臭みが、ない。そういえば店内も入店時から全然匂っていない……。


「来たわ来たわ。さぁ食べよう」


優子が先に食べる。
その口元。ちょっと不安そうだが、未知の味覚に対する期待に打ち震えてもいる。

あ、食べた。

咀嚼している。
どうだ?
どうなのだ、優子よ。


「あら、全然臭くないじゃない。これなら楽勝よ」
「え〜〜〜!?」


急いでボクも食べてみる。
あら。本当だ。臭くない。
というか、臭みはあるのだが、強烈ではなく、非常に上品に仕上がっているのである。


おー、これならちょっと匂いのきついラム肉って感じだな。
ありゃー、どうしたんだろ。
フランス料理かなんかで匂いのきついラムが食べられる人ならちょっと努力すれば食べられるだろう。あれかな、大量生産されたブロイラーみたいな山羊肉を使っていて風味が落ちているのかな……。
ゴーヤ・チャンプルーを持ってきた明るいおねぇさんにそれとなく聞いてみる。


「なんか前に違う店で食べたときはもっと臭かった記憶があるんだけど」
「あー、うちはすっごく時間をかけて洗うんです。
 内臓も肉もものすごく丁寧に。だから臭みが少ないんじゃないかしら」
「山羊はどこのを?」
「沖縄県産ですよ。うちは山羊の質はどこにも負けないわよ」


はぁ、なるほど。めちゃくちゃ洗うのか。
そして水からじっくり煮込むらしい。だからこの山羊汁には味が付いていない。自分の椀にとって塩と生姜で調味するのだ。なんだか面白いなぁ。

「きょうちゃんも!」

……ふーむ。まぁ玉ちゃんと違ってこれなら問題はないだろう。
まぁ臭くないとは言っても、ラムなんかの数倍は匂うからすぐ吐き出すだろうし。


「………もっとぉ!」


ひえ〜〜〜!
食べるよ、おい。こりゃまいった。なんちゅう子供なのだ!


あ、おい、そんなに食べさせて大丈夫か? と心配する間もなく、山羊汁はどんどん減っていき、最後は3人で取り合うようにして食べた。


あー、うまかった!


涎を流す「兄弟寿司本店」の大将の気持ちがやっとわかった。
なるほど、この匂いに慣れてくると、もっと強烈なのが欲しくなるまでエスカレートするのかもしれないな。「仲地山羊料理店」のをもう一回食べてみたくなった。「さかえ」は初心者向け。「仲地山羊料理店」は上級者向け。そんな感じかも。あー、チーイリチー、もう一度挑戦してみたくなってきた……。


「あなた、顔が真っ赤よ」
「え? そう?」
「うん。珍しいわね。お酒飲んでも顔なんかに出ないのに」


そうなのだ。お酒飲んでもまるで顔に出ない体質だ。確かに泡盛を飲んではいるが(山羊の香りとよく合う)、かなり顔が火照っている。
これはひょっとして……。


「あぁ、山羊のせいだよー、血の巡りが良くなるからぁ」とおねぇさん。


そうか、そういえば沖縄ではクスリだったな、山羊は。
昔から珍重されるめっちゃくちゃな強壮食なのだ。
高血圧の人は絶対食べてはいけない! と念を押されているくらいな精力剤なのである。

うーん、それにしても。

10年くらい前、小松空港の近くの民宿で熊の刺身を食べたことがあるが、その時の同行者(男)がそれを食べた途端鼻血を出す、という漫画みたいな出来事があった。
それに勝るとも劣らない即効性である。もう、カラダが火照ってカッカする。
山羊、おそるべし。



「きゃー、きゃほほほほー、きゃー、ひゃひゃぁー!」


ん? 響子がおかしい。
無意味に飛び跳ねだした。
おい、どうした響子?


「お父さ〜ん、きゃははははーーーー!」


あの………ひょっとして、山羊のせいですか?



その夜のことは、悲惨すぎて詳しくは語れない。

響子が止まらなくなったのだ。精力がつきすぎて、まるで眠らない。午前4時になっても5時になっても眠らない。

それどころか、ベッドではねまわる、ホテルの壁をたたく、寝ようとするボクの鼻に指をつっこんでくる、すぐ喉がかわいて水を要求する、ベッドの下を探検する、ボクのおへそにベッドの下のほこりをつっこむ……。


地獄じゃ。山羊地獄じゃ。やっぱり悪魔の食べ物じゃ〜!



「お父さ〜ん、ねぇ、もう朝かなぁ。きゃほほほほぉ〜!」

うん、朝だよ。
また暑い一日が始まるよ。でも、今日はもうどこにも遊びに行く力が残ってないよ。ね、もう寝なさい。お願い。ね。ね。

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