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すばの細道(4)沖縄そばの秘密

その店は、旅行の最後の店だった。

悩みながらいろんな店を食べ続け、気がついたらのべ50軒以上回っていた。
アホか、と言うなかれ。単に答えを探すためだけに回っていたわけではもちろんないのだ。腹が減ったから回っていたのである(もっとアホや)。

で、最後の店である。

この本を書く前の沖縄旅行としては最後の店で「え!?」と思うようなことを聞いたのだ。というか、当然もっと早く気がつくべきことであった。


その日の夕方には飛行機に乗らないといけないという14時すぎ。

ボクたちは那覇より南部、南風原町の「あらぐしくすば」という店に行ったのであった。

ここは手打ちの店と聞いていた。
もう「灰汁とカンスイは兄弟」という結論をつけていたボクたちであるから、灰汁使用にはもうそんなにはこだわらない。灰汁も伝統という意味ではとても大事ではあるが、味的にはそれより「手打ちということの方が大事」と思って店を回ってきた。
まだまだ手打ちの店は少ない。だからこそボクたちの〆の店としてふさわしいのである。

あらぐしくすば「あらぐしくすば」の麺はきしめんのように平たく、そしてちょっと黒っぽかった。

浦添の「てだこ」という店でもこういう黒っぽい麺に出会ったのだが、その「てだこ」で帰り際に聞いたところによると、「あー、黒っぽい小麦粉使ってるんですぅ」ということだから、ここもきっとそうなのであろう。歯ごたえが強くてかなりしっかりした麺である。そしてブチッブチッと切れる気持ちよさは他の手打ちの店と同じだ。

「でも『てんtoてん』はブチッと切れなかったわよね」

「うん。あそこはうどんみたいな粘りをしていたな」

それは生麺だからだと軽く流していたのだが、もうひとつボクはものすごく初歩的な勘違いをしていたのである。

すばを食べ終わって「そろそろレンタカー返して空港に向かわないとなぁ」などとぼんやりしていたら、店のおばさんが下げに来たのでちょっとすばの作り方について話を聞いてみた。
すばの作り方は他の店とだいたい同じ。この店ではカンスイを使用しているようである。で、そこからがポイントだ。

「いつ打つんですか?」
「朝いっぱい打って置いておくんだけど」
「じゃぁ打ち立てが食べたい人は午前中の方がいいですね」

「そうだねぇ。でも固いのが好きな人はわざわざ3時ころ来るねー」
「は?」
「固さに好みがあるからねぇ」
「あのー、固いのが好きな人は、打ち立ての方がいいのでは」
「いえいえ、時間が経った方が固いのよ、そりゃ」


は〜?


そこで一度絶句した。優子と顔を見合わせる。

そんなバカなことがあるか?
ラーメンだってうどんだって、茹でたての方が麺がしっかりしているに決まっている。時間が経てば経つほどいわゆる「伸びて」しまい、麺はダラダラになってしまう。固さなんかかけらもなくなってしまう。
沖縄そばだってそうなはずである。
だって小麦粉で出来ているというのは同じなのだし……。それともカンスイが違う風に働くのか?

「あのー、うどんなんかは水で締めた直後が一番堅めだと思うのですが……」
「水では締めませんから」
「……は?」
茹で揚げたらそのまま油をふって、扇風機で冷やすんです

「!!!!」


うかつであった。
水で冷やさないとは!


冷水にさらしてから油をまぶすとばかり思っていた。
長く置いておく麺だから、茹で揚げたらすぐに水で冷やすに決まっていると決めつけていたのである!


例えばさぬきうどんだと、茹でた後に冷水にさらして急激に熱を取ることが非常に大事なのである(釜揚げうどんを除く)。それ以上麺に熱を通してはいけないのだ。
冷水にさらさないと、麺の内部にこもっている余熱で茹でが進んでしまう。つまり「茹ですぎ」と変わらない状態になってしまう。うどん特有の粘りは失われ、歯ごたえのないボソボソしたうどんになってしまうのである。

沖縄そばだってそんなには変わらないだろう。
冷水で冷やさないと「茹ですぎ」状態になるに決まっているではないか!
いったい冷水で冷やさないとはどういう了見なのだ?


「ねぇ、『てんtoてん』ではなんて言っていたっけ?」
「ええと確か、茹で上がったら80度のお湯で洗ってヌメリを取って、そのまま客に出す、と言っていた」
「冷水にさらさないけど、すぐに客に出すからいいのよね」
「うん。すぐに食べれば茹ではすすまないからな。釜揚げうどんと一緒だ」
「だからあんなに粘りがあったんじゃない? 他の沖縄そばとはまるで違う食感だったじゃない。で、オーナー自身も『これを沖縄そばと呼んでいいのかどうか』って話していたわ」


「ああ……ということは、沖縄そばって……」

沖縄そばを沖縄そばたらしめている食感のポイントって、ひょっとして……


神戸の家に帰ってから、またいろいろ本を調べてみた。

そうしたらある本に驚くべきことが書いてあった。
「日本めん百景」(安藤百福編/フーディアム・コミュニケーション)に、あの幻の名店と言われ、正しい沖縄そばを伝承していたと言われる「さくら屋」での手打ち工程がレポートしてあるのだが、その一節。

「大きな釜にたっぷりのお湯を沸かし、ソバをゆがく。1分半から2分、季節と天気の具合で調節する。ゆがいたソバを大ザルに引き上げるのは力のいる作業だ。引き上げた直後に油をまぶす。金ジャクシ一杯の油を実に手際良くソバの上からふりかける。水洗いはしない。油をまぶした熱いソバはそのまま油紙の上で自然冷却する。」


し、自然冷却!!


水洗いしないどころか、まったく熱いまま、自然冷却しているのである。
熱を取らないのだ。扇風機もしないのだ。どんどん余熱が麺に通っていくのだ!
雪国なら自然冷却もあり得るかもしれない。でもここは沖縄である。めちゃ暑い。熱は芯まで通りまくる。
しかもまだある。
この作業が終わるのが午前9時なのだ。
そして店を開けるのが2時間後の午前11時なのである!

開店直後に来た客でも2時間、午後1時ころ来た客は、4時間も作り置いた麺を食べるのである! その間、だらだらと自然冷却しているのだ。
さぬきうどんなんて冷水で締めた後でもたった30分しか持たない。麺が死んでしまう。日本蕎麦ならもっと早く死んでしまう。
いったいどういうことなのだ !?


「でもさ、『さくら屋』直伝と言われている『首里そば』はあんなにおいしかったわよ」
「おいしかった。でも、ボソボソ、ゴワゴワの独特麺だったよな」
「ええ」
「その食感はさ、ひょっとしてこの『油まぶし自然冷却』から来るんじゃないか?」


沖縄そばの独特の食感の秘密って、灰汁なのかカンスイなのかはあまり関係なくて、本当は「茹で揚げてから油をまぶして自然冷却」ところにあるのではないだろうか。


「でも自然冷却したら、伸びきっちゃうわよね」
「伸びる。茹ですぎの状態になる。でも、油をまぶすことで表面が固くなるんだよ、きっと」
「表面が固いからゴワゴワ?」
「で、内部は茹ですぎでボソボソ」
「それが……そんな、聞くからにまずそうな麺が、あそこまでおいしいって言うの?」
「いや、確信は持てない。でも他にあの独特の食感を説明する方法が見つからない」


「あらぐしくすば」のおばさんは「時間が経った方が麺が固くなる」と言った。
これはつまり、油が表面から浸透し続けて固くなるのではないだろうか。



早速実験みるところが物好き夫婦である。
中華街で買ってきたカンスイで麺を打ってみて、ひとつは茹で揚げて冷水で洗う、ひとつは茹で揚げてそのまま自然冷却、ひとつは茹で揚げて油をまぶして自然冷却してみたのだ。
で、2時間後、食べてみた(それぞれ食べる前に湯がいた)。

●茹で揚げて冷水で洗って自然放置……柔らかいが、他のに比べて粘りあり。
●茹で揚げてそのまま自然冷却…………柔らかくぶにゃぶにゃ。まずい。

●茹で揚げて油をまぶして自然冷却……固い。ちょっと麺がやせた。で、ボソボソ。

カンスイの量、麺の太さ、加水量などによって結果も変わってくるかもしれないし、測定器などを使ってちゃんとすればまた違う世界がみえてくるのかもしれないが、まぁ素人の興味本位の実験として見て欲しい。
つまり、最後のパターン「茹で揚げて油をまぶして自然冷却」は、ボクたちの舌が感じる範囲では、かなり沖縄そばの食感に近かったのである。

表面は油で守られて乾いていない。
で、油が少しずつ中に染み込んで固くなっているせいなのか、麺がゴワゴワして滑らかさがまるでない。
しかもちょっと細くなっている。これは逆に言うと締まったということだ。
歯で噛むと麺の中心部は茹ですぎでまるで粘らない。
ボソボソでブチッと切れる……


これ、なのかもしれない。


これこそ、あの「ゴワゴワモチモチホニホニブチッ!」の正体なのかもしれない……。


「そうか、だから『ざる沖縄そば』とかがないのね」
「は?」

「いや、暑いのにほとんどメニューにないじゃない、冷たいすば」
「そう言えばそうだな」
「つまり朝作って置いて油をまぶして置いておくから、冷たいのはあまりに食感が悪いのよ」
「ん? あー、ゴワゴワすぎる」
「そう。自然冷却したものなんて、だしに絡めないとちょっと食べられないじゃない?」
「……そうかもなぁ」


だから温かいだしが、必須なのかもしれないな。あっさりとしたとんこつだしに鰹がプーン。これが麺を絶妙に助け、あの食感を高めるんだ。
「すばはだしを食べるもの」って沖縄の人が言うのはそういうことかもしれない……。


「あぁなんだかまた食べに行きたくなっちゃったわ!」
「そうだな。今度は麺ばかり見ずにだしとのバランスを味わいたくなってきたぞ」
「行こう行こう!」
「きょうちゃんも!」
「あ、きょうちゃんももちろん一緒に行こう!」


「自然冷却」などという、香川や信州の人だったらひっくり返ってびっくりしてしまうような「異端の技」を使いながら、実にここまでうまい沖縄そば。

ボクたちの捉え方が正しいかどうかはまるでわからないが、とにかくあの「ゴワゴワモチモチホニホニブチッ!」をおいしいだしと共にもう一度味わいたい。


いざ、すばを食べるためだけに、沖縄へ、アゲイン!


救いようもなく、お馬鹿なトリオ、なのである。



これでやっとお終いです。
長いこと読んでくださりありがとうございました!
え? ええ、その後何度も沖縄行ってますよ。

ん?続きが読みたい?
うーん。リクエストがいっぱい来たら考えます。

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