シンプルな日々の「Cotton Time」
2002年5月23日(木) 11:59:53
iPodから思いがけなく流れてきたレベッカの「Cotton Time」。あの日の暑さや土手の匂い、夕暮れに溶ける夜景、あの日着ていたギンガムチェッックのシャツやリーボックのスニーカーの色まで、鮮明な記憶が一気に蘇る。
人生に大切なものなどほんの少ししかないと確信していたシンプルな日々。あれから15年くらいかな。ずいぶん守るべきものを増やしてしまった。いまが守るべきものが一番多い年代かもしれない。これからまた少しずつ減らしていって、シンプルに戻っていく。
生真面目に天に願いを届けたあの頃
2002年5月21日(火) 7:58:49
今日は娘の遠足。昨日ベランダに吊したてるてる坊主が効いたのか、なんとか晴れた。いまタイピングしている席から彼女お手製のてるてる坊主が揺れているのが見える。なんだかほのぼのする。生真面目に天に願いを届けたあの頃。
中に入りすぎると外がわからなくなる
2002年5月20日(月) 13:58:47
サラリーマン的価値観・常識で生きていくと、世間的価値観・常識とはどうしても乖離していく。雪印食品の専務が逮捕されたり、外務省のもろもろの問題なども、彼らの常識がいかに世間から乖離していたかのお手本のようなものだ。特別なことではない。おしなべてサラリーマンは皆ああいう価値観なのだ。彼らを一方的には責められない。
ボクもそういう価値観にどっぷり浸かっている。が、浸かりきっていると社外活動などできないことも知っている。そのままだと世間からどんどん価値観がずれていってしまう。世間的価値観・常識も同時にキープしないと社外ではまったく相手にされない。あたりまえである。
中に入りすぎると外がわからなくなる。だからサラリーマン的価値観に浸かりきらないように努力する。これが意外と大変。精神的使いわけみたいなものがかなり高度に要求される。しかも疲れる。サラリーマン生活が長い人ほど(サラリーマン的に偉くなる人ほど)、社外で創作活動する人が少なくなる原因はここにある。
