紙の本で読んだ方がいいよ。「ある小さなスズメの記録」
2011年1月21日(金) 11:26:28

「ある小さなスズメの記録」
(クレア・キップス著/梨木香歩訳/酒井駒子絵/大久保明子装丁/文藝春秋/1500円) という本を読んだ。
「心を込めて丁寧に丁寧に作られた本」という言葉がとても似合う佳品。
原作者の紡いだ言葉はもちろん、梨木香歩の訳、装丁、装画、写真に至るまで、心を込めて丁寧に丁寧に作られている。こういう質感はデジタルでは出ないなぁ。しかもデジタルでは読みたくない内容だ。窓外の景色を見ながら、そこにふとスズメが飛んでこないかなとか期待しながら、紙の手触りを楽しみつつ頁をめくりたい作品。
戦時中のイギリスでの実話でありノンフィクションでありエッセイである。
たまたま玄関前で拾ったスズメの雛。生まれて数時間。まだ毛も生えておらず目も見えていない。足と羽に決定的な不自由を抱えている雛で、たぶん親に「これは生き延びない」と巣から放り出されたのだろうと作者は推理する。
弱さを受け入れて楽しもう
2011年1月19日(水) 8:12:39
今年は50歳だなぁ、と、去年の終盤から意識していたのだが、そのせいもあるのかな、急に酒が弱くなった。
「自分は酒が強い」というのが自分の中で「自分は男である」というのと同じくらい自明かつレゾン・デートル的だったので、これは実にショックである。呆然とする。愕然とする。自覚するだけならまだいい。他人に言われた。会社の後輩に「さとなおさん、酒弱いすね」と言われた。これは参った。さ、酒が弱い? さけがよわい? サケガヨワイ・・・そんな日本語あったっけか?
脳みそが拒否する。自分がサケガヨワイって何?
・・・まぁそれでもワイン1本くらいはまだ飲めるのよ。でも1本半くらい行ったらもうベロベロだ。つか、強調しとくが「バーボンならボトル1本は行けた自分」なのだ。「日本酒だって一升は行けた自分」なのだ。それがなぁ。ワイン1本半でなぁ。なんだかとっても屈辱的だ。
フェイスブックにファンページ、持ってます
2011年1月18日(火) 7:55:09
お気づきの方もいらっしゃるかもだけど、少しずつサイトに手を入れ始めている。
ここ1年ほど(さなメモは毎日更新していたけど)あまりに長いこと手入れしなかったので、まぁ少しずつ。
まず、このメモの左下のメニュー。アマゾンとツイッターとフェイスブックのウィジェットを入れた。そしてサイト全体(カラム全体)を左揃えから中央揃えへ変更した。なんで左揃えなの?とよく聞かれていたんだけど技術的な問題でした。あと横幅を広くした。一瞬フォントも変えたんだけど(ヒラギノ角ゴから丸ゴへ)、やってみたら幼くなったのでこれは速攻で元に戻したw
これで、いまMT3なのをMT5にバージョンアップして、もう少しいじります。世の中的にはWordpressを使っている人が増えているけど、そっちへの完全移植は手がかかりすぎる(サイトが膨大になりすぎた)。
あれから16年。娘もサイトも16歳。
2011年1月17日(月) 8:32:34
今朝、5時46分の黙祷で泣いてしまった。
テレビ画面でまだ暗い神戸の公園に集まって祈る人たちの映像を見ていたら、なんだかたまらなくなった。涙もろくなったのもあるが、やっぱり体験者としていろいろと思い出され、走馬燈がぐるぐると。
あれから16年。
今年、神戸市の人口の大半は震災を経験していない人になるそうである。そうか、あのとき60歳だった人はもう76歳だもんなぁ。16年とはそういう年月である。33歳だったボクももう49歳。
あのとき、ボクたちは一番揺れた地域のひとつである夙川に住んでいた。
妻はちょうど臨月。数週間後、3人でなんとか神戸を脱出し、東京に避難して娘の響子を生んだ。あのとき赤子だった娘がもう16歳。
