「真夜中のカーボーイ」
Midnight Cowboy
John Schlesinger
Dustin Hoffman, Jon Voight, Sylvia Miles, John McGiver, Brenda Vaccaro, Barnard Hughes
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1969年製作
113 minutes
| 監督・・・・ | ジョン・シュレシンジャー |
|---|---|
| 製作・・・・ | ジェローム・ヘルマン |
| 脚本・・・・ | ウォルド・ソルト |
| 原作・・・・ | ジェームズ・レオ・ハーリヒー |
| 撮影・・・・ | アダム・ホレンダー |
| 音楽・・・・ | ジョン・バリー |
| 主題歌・・・ | ニルソン |
| 美術・・・・ | ジョン・ロバート・ロイド |
| キャスト・・ | ジョン・ボイト ダスティン・ホフマン ブレンダ・バッカロ シルビア・マイルス ジョン・マッギバー ジョーガン・ジョンソン |
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原題は「Midnight Cowboy」だから、邦題は「真夜中のカウボーイ」だとずっと思っていたんだけど、「カウボーイ」ではなくて「カーボーイ」なんですね、正式邦題。
変なの。さすがにこれは「誤訳」ではないかい?
まぁいいや。
この映画、いわゆるアメリカン・ニューシネマの名作。
ニュー・シネマの中でも「明日に向かって撃て!」「俺たちに明日はない」と並んでボクの大好きな映画です。
アメリカン・ニューシネマとは1960年代後半までのハリウッド大作主義(ハッピーエンドが中心、予算膨大、大スターを揃えたキャスト)に対して起こったアメリカ映画の新しい風のことを主にさします(ちなみにニューシネマの終焉は72年の「ゴッドファーザー」言われている)。
ハッピーエンドでなく、お金もかけず、大スターも使わず。
そしてアメリカの恥部と衰退を扱った作品が多い。セックス、麻薬、貧困、差別、暴力・・・
そういう意味では「真夜中のカーボーイ」はニューシネマの典型的作品といえるでしょう。
ボクはこの映画を見るたび「ここではないどこか」というようなイメージを喚起されます。
ここではないどこか・・・
いまの自分とは違う、あたらしい自分・・・
この映画を見るたび、「ここではないどこか」へ憧れ、そして諦め、自己憐愍に浸っていく、そういう一連の作業が心の中で起こります。
ユートピアを求めてニューヨークに来た主人公。
いままでいたテキサスでの満足しない生活、嫌な思い出に追われ、「ここではないどこか」へ逃げてきた彼、ジョン・バック(ジョン・ボイト)。
ニューヨークは彼にとって、カウボーイのセックスアピールがもてまくるユートピアのはずだった・・・。
井の中の蛙でしかない田舎者の彼は、彼の大都会の冷たさ・醜さに散々傷つけられ、きっちり夢破れていくわけなんだけど、その途中で知り合ったのが、同じく大都会の底辺から這い上がれないラッツォ(ダスティン・ホフマン)。
そしてそこに同病相憐れむ的な小さな友情が生まれる。
ラッツォも「ここではないどこか」を夢見ているんだけど、結局ユートピアの夢に破れ、死んで行ってしまう・・・。
そしてジョン・バックはそこに自分の姿を重ね、「ここではないどこか」などない、という現実に打ちのめされていくのです。
まぁ解釈は人それぞれだけど、ボクは「ここではないどこか=ユートピア」を求め裏切られていく男たちの挫折と友情、という風にストレートに取りました。
そしてそこにはニュー・シネマらしく、当時のアメリカという社会自体の閉塞感が象徴されていた気がします。
ラスト・シーン。
バスの窓に映るマイアミの景色を通して見えるラッツォの死に顔と、カウボーイ姿を捨てた今にも泣き出しそうなジョン・バック。
マイアミの風景はガラスに映った偽りのユートピアでしかなく、そこに永久に手が届かないであろう彼らの姿が象徴される名場面ですね。そしてこれは「アメリカンドリームの崩壊と喪失」を象徴していた場面とも言えると思います。
監督のジョン・シュレシンジャーはイギリス人。これがアメリカ映画進出第一作。
だからこの映画はイギリス人の冷めた目で見た「アメリカの病んだ部分」でもあるわけですね。
「ダーリング」「イナゴの日」「マラソンマン」「コードネームはファルコン」「サンゲリア」「マダム・スザーツカ」。71年には「日曜は別れの時」でイギリスアカデミー賞の作品賞・監督賞も受賞しています。
ジョン・ヴォイトはもともと舞台役者らしいですね。
「サウンド・オブ・ミュージック」のロルフ役(恋人役)がブロードウェイ・デビューだと言うんだけどずいぶんごついロルフだなぁ。この「真夜中のカーボーイ」ではアカデミー主演男優賞にノミネート、ニューヨーク映画批評家賞を受賞。
でも最初はほとんどマイケル・サラザンで決まっていたらしいですよ。サラザンのエージェンシーが出演料のつり上げにかかったおかげでプロデューサーが激怒し、ジョン・ヴォイトに変わったとか。ラッキーだったねぇ、ジョン・ヴォイト。
その後78年の「帰郷」で念願のアカデミー主演男優賞をもらっていますね。あとは「チャンプ」とか「暴走機関車」とか。出演作が少ないのはわりと選んで出ているからでしょうか。でも近年またわりと出だしてますね。「ミッション・インポッシブル」「ヒート」「アナコンダ」。
でもなんだか変なキャラになってきたなぁ…(娘のアンジェリーナ・ジョリーがここまで大スターになるとは思いませんでしたね。唇がジョン・ヴォイトそっくり)
ダスティン・ホフマンについては、まぁ説明するまでもないでしょう。
メイキングフィルムの中でインタビューがあるのですが、ちょうどこの頃オフ・ブロードウェイで一人芝居をやっていたようです。
「卒業」で鮮烈なデビューをしたのに「全然食えなかった」らしい。で、主演二作目がこの「真夜中のカーボーイ」。「卒業」のイメージを完全に打ち破る汚れ役。163センチという背の高さながら異様な存在感を示しました。でもこれが彼の演技としての最高傑作かも。
---ジョン・バックが女性専用のホテルに仕事を求めて入って行くとき、ラッツォはフロリダの夢想をするんですが、その目つきの演技の凄さ。そしてバスに乗って死んで行く時の半開きの目のリアリティ。もちろんびっこをひきひき都会をさまよう貧乏神みたいな姿もスゴイ演技なんだけど、特にこの2場面が印象に残っています。
その後「パピヨン」「レニー・ブルース」「大統領の陰謀」「マラソンマン」「クレイマー、クレイマー」「トッツィー」などに出てますが、ジョン・シュレシンジャー監督と再び組んだ「マラソンマン」の演技がわりと好きかな。「パピヨン」「レニーブルース」も印象に残っているけど。
女優陣はいまいちなんだけど、ジョン・バックの唯一の客役のブレンダ・バッカロが印象的でした。彼女はこれが映画デビュー。
「いくたびか美しく燃え」でアカデミー助演女優賞にノミネートされ、ゴールデングローブ賞を受賞した以外ではそれほどの活躍はしていないけど、どうやらアメリカのテレビ界ではなかなか有名な女優らしいです。
作曲のジョン・バリーは007のテーマで有名ですね。
「野生のエルザ」「冬のライオン」「愛と哀しみの果て」で三度もアカデミー音楽賞を受賞しているけど、この「真夜中のカーボーイ」はそれらを上回る出来だと思うなぁ。
この映画の主題歌として取り上げられるのはニルソンの大名曲「うわさの男」で、もちろんそれも本当に好きなんだけど、ボクはジョン・バリーが作曲したその主題曲の方が実は好き。名曲だもん、これ。
もの悲しいハーモニカにストリングスが絡んでくるその旋律はちょっと西部劇を感じさせながら、主人公たちの夢のゆくえを暗示するような倦怠に満ちています。
ちなみにこの映画、まぁ当然のごとく、1969年のアカデミー作品賞・監督賞・脚本賞を取っています。
実は公開当時、この映画「成人指定」だったんですね。X-rated。
史上初めての「アカデミー作品賞をとった成人映画」、らしいですよ、余談ですけど。
さて。
この映画に共感しながらも、相変わらずボクは「ここではないどこか」を信じています。
それは自分の中にあるのかもしれない。
けど、まだまだ探し続けていこう。
ジョン・ヴォイトの挫折の表情に涙しながら、ボクはいつもそう思うのです。
【1998年10月記】
1998年10月01日(木) 12:12:45・リンク用URL

@satonao310