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「シャレード」

シャレード

Charade

Stanley Donen
Cary Grant, Audrey Hepburn, Walter Matthau, James Coburn, George Kennedy, Dominique Minot
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1963年製作
113 minutes

製作・監督・スタンリー・ドーネン
脚本・・・・ピーター・ストーン
撮影・・・・チャールズ・ラング・Jr.
音楽・・・・ヘンリー・マンシーニ
衣装・・・・ユーベル・ジバンシー
キャスト・・オードリー・ヘップバーン
ケーリー・グラント
ウォルター・マッソー
ジェームス・コバーン
ジョージ・ケネディ

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おーい、今度の映画にはさ、映画の楽しさをぜ〜んぶ入れてみようぜ!

えーと、ハラハラドキドキさせるヒッチコックばりのストーリー。
それにウィットに富んだ洒落た会話。
人の憧れをかきたてる最新ファッション。
美しくも印象に残る音楽。
ロケーションはもちろんパリだな。憧れのパリ。でも高級リゾート地もちょっと見せてやろう。
うっとりさせるようなロマンスも散りばめて。
ちょっと悪の匂いも漂わせて。
んでもって、観客の心にずっと残るようなあっと驚くラストシーンも用意して。

もちろん演じますは、当代最高の美男美女。
それも、ちょっと不可能と思われるぐらいなキャスティングで。

今度の映画はそんな風にしようよ!!
絶対当たるぜ!!




・・・1960年代初頭のハリウッド。たぶん、61年か62年。
   そんなことを誰かが言い出したとしか思えないような映画。
   それがこの『シャレード』 なのです。




辞書でcharadeを引くと「ジェスチャーゲーム」と書いてある。

正確には「パントマイムで演じられたジェスチャーから隠された言葉を当てるゲーム」ということらしい。まぁ意訳すると「謎解きゲーム」ということになるのでしょう。

そう、そのものズバリ「謎解きゲーム」という題名なんだよね、この映画。
自信たっぷりというか、なんというか。
でも、そう言い切っただけあって、まさに謎の連続で観客を煙に巻きます。面白い。虚をつかれる。そんでもって大どんでん返しのラストシーン。
まさにヒッチコックばりのスリラー・サスペンスなんですよね。
いや、ヒッチコックばりどころか、「ヒッチコックのマネ」に限りなく近いのです。

監督のスタンリー・ドーネン(『踊る大紐育』(1949)、『雨に唄えば』(1952)などを監督したミュージカル・コメディの名手)自体、「私はかねてから『北北西に進路を取れ』(1959)みたいな映画を撮ってみたかった」と言ってこの映画に着手したんだから、ヒッチコックのマネではあるわけ。

ただ、ドーネンはそこにビリー・ワイルダー風味のロマンティック・コメディ・タッチを入れて「オリジナル・ドーネン・スタイル」に仕上げたんですね。それがこの映画の大ヒットの要因でしょう。
なにしろ『シャレード』が大大ヒットしたあと、このスタイル(ロマンチック・コメディ・スリラーというらしい)をまねた作品がそれこそ雨後の竹の子のように封切りされたんですから。




それにしてもこの映画、まさに当時の「映画の魅力」をすべてぶちこんだような作品。

なによりもまず、当時不可能かと思われたようなキャスティング、オードリー・ヘップバーンとケーリー・グラントの初共演が実現していることがすごい。

『ティファニーで朝食を』の大ヒットですでに女王の風格すらあったヘップバーンは、『パリの恋人』でコンビを組んだお気に入りのドーネン監督との新作、かつ、かねてより熱望していたグラントとの共演でまさに輝いている。
ヒッチコック映画の象徴みたいなグラントはこれが70本目の作品で、ヘップバーンとの共演は「ちょっと年の差がありすぎないか」というような理由で消極的らしかったけど(当時59歳。年の差は25歳。実際この話を最初は蹴ったらしい)、まだまだ脂は乗り切っている。つうか、映画産業の象徴みたいな俳優。

この、当時の超二大スターで、ロマンチック・コメディ・スリラーをやって当たらないわけがないのです。

そのうえ、ヘップバーンという最良のモデルを得て乗りに乗っているジバンシー(彼の作り出すファッションは常に大流行。時代の先端を行っていた・・・オードリーの力に寄るものが大きかったが)。
『ティファニーで朝食を』(61)『酒とバラの日々』(62)で二年連続アカデミー主題歌賞をもらったばかりのヘンリー・マンシーニ(惜しくも三年連続はならなかったけど、十分それに足る名曲をシャレードに提供した)。
007シリーズのほとんど手がけているモーリス・ビンダーの手になる斬新なタイトル。
ロケーションは当時のはやりであるパリ。花の都パリの要所要所を観光旅行のように散りばめる。

脇役には後年ジャック・レモンと組んで大喜劇俳優になっていくウォルター・マッソー(余談:彼の本名はタミルトン・マッシャンスカヤスキーというらしい。マッシャンスカヤスキーじゃ誰も読めないからマッソーにしたんだってさ)。
『荒野の七人』『大脱走』で伸びてきたジェームス・コバーン(この映画でもカウボーイ出身ということになっていて、ガンをくるくる回せてみせてくれたりする←こういうパロディはわりとこの映画では出てきます)。
後年『暴力脱獄』でアカデミー助演男優賞を取り、『エアポート』シリーズでもお馴染みになるジョージ・ケネディ(この映画では義手の大男役)。


・・・うーん、こうして見ると、謎解きの妙+小洒落た会話、ばかり取りざたされるこの映画だけど、とっても贅沢に作られているのがわかりますね。

ある意味「1960年代の良く出来たトレンディ・ドラマ」なんです、この映画。
その当時の「今」をいっぱい詰め込んで、作ってある。

もちろん、いま観るといろいろ欠点は出てきます。
テンポは甘いし、サスペンスの部分はぬるいし、アクションシーンはたるいし、グラントの百面相は居心地悪いし、ラストの画面分割は古くさいし、オードリーのファッションにも突っ込み入れたくなるし・・・。

でも、当時としては「これこそトレンディ!」なのですね。

普通、トレンディなものって、40年もあとに観るとあまりにダサくて笑えちゃったりするんだけど、この映画は「40年も前のトレンディ・ドラマにしてはほとんど違和感がない」と思いませんか??

それってスゴイことだと思います。
つまり、「トレンディもここまでやれば、ひとつの時代の象徴になる。そしてそれは古びない」ってことなのでしょう。


実は、ケーリー・グラントはジバンシーのファッションのそのトレンディさに批判的だったらしいです。
彼は「映画が長持ちするためにはあまりファッショナブルすぎてはいけない」という考えを持っていて、彼自身は古すぎず新しすぎない、つまり流行にとらわれないファッションを映画ではいつもしていたらしい(そういやそうでしょ?)。
そういう彼にとって、ジバンシー+オードリーのファッションはトレンディ過ぎて映画の寿命を短くするもの、と感じられたらしいです。

卓見です。さすがです。

でも、この映画自体も、ジバンシー+オードリーのファッション自体も、結果的に古びなかった・・・。


そのことが、まさにこの映画の凄さをもの語っていると思うのですが、如何でしょう?




p.s.1
個人的謎なのだけど、この映画の中の会話で「ここはどこ?」「君住む街角さ」「もっと歩き回りたいわ」っていう、『マイ・フェア・レディ』のパロディが出てくる。なぜ63年封切りのこの映画で64年封切りの『マイフェアレディ』のパロディが出てくるのだろう。成立するのだろう。誰か教えて!

p.s.2
ネタばれになるけど、古い映画だからいいか。
謎解きのキーポイントになる「切手」だけど、この映画のあと、世界の切手蒐集熱は一気に高まり、切手バブルになったらしいです。

p.s.3
母親が小学生だったボクにこんなことを言っていたのをいまでも覚えている。
「映画にね、『シャレード』っていうすごくシャレている映画があってね。シャレって言葉はその『シャレード』が語源なのよ」
マジな顔で言っていたけど、本気だったのかなぁ・・・。謎。


【2000年4月記】

2000年04月01日(土) 12:38:06・リンク用URL

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