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井上陽水「氷の世界」
「日本でいちばんの歌い手は誰か」と聞かれたら、ボクはためらいなく答えます。
そう、それは、井上陽水。
彼はもちろん優秀なシンガーソングライターですが、歌い手としての能力に特に秀でていると思います。
なんでもない歌が、彼の手にかかると(喉にかかると?)大名曲に変わってしまう。魔法のような声です。
実はボク、歌い手としては藤山一郎も好きなんですが(渋い!)、でもダントツで陽水ですね。
美空ひばり? ん〜、ちょっと比べようがないけど……やっぱり陽水かな。あの声にはかないません。
……余談ですが、藤山一郎の「影を慕いて」を聴いたことありますか? 全然崩さない歌い方で姿勢正しく歌っているだけなのですが、泣かせます。すごい表現力。こういうのを聴くと森進一みたいにメロディを崩して歌うのって邪道だと思います……
例えば「小春おばさん」。
このアルバムに入っている曲ですが、これなんてなんてことない歌詞なんです。恋の歌でもないし。
♪風は北風、冬風
誰を誘いに来たのか
子供は風車、まわしまわされ、遠くの空へ消えてゆく
小春おばさんの家は
北風が通りすぎた小さな田舎町、
僕の大好きな貸本屋のある田舎町
小春おばさん、逢いに行くよ
明日、必ず逢いに行くよ
ところがこれが彼の声にかかると耳についてはなれない大名曲になってしまう。
沢田研二が歌っても布施明が歌っても山下達郎が歌っても名曲にはなりません。美空ひばりなら名曲になるかもしれないけど。
つまり何が言いたいかっていうと、曲なんて声によって名曲にも駄曲にもなるってこと。
陽水のアルバムに名曲が多いのはその声によるものが大きいと思います。
さて、このアルバム。
「あかずの踏切り」「はじまり」「帰れない二人」「チエちゃん」「氷の世界」「白い一日」「心もよう」「待ちぼうけ」「桜三月散歩道」「FUN」「小春おばさん」「おやすみ」……すごいラインナップですねぇ。隙がない。なにしろ当時100万枚売れているからなぁ。当時の100万枚といったら異常です。
ボクも中学の時、少ない小遣いやりくりして買いました。
そして何と言っても表題曲「氷の世界」にぶっ飛びました。何て歌詞だコリャ。支離滅裂じゃないか! 意味が全く通らないじゃないか!
♪窓の外ではリンゴ売り、声をからしてリンゴ売り
きっと誰かがふざけてリンゴ売りのまねをしているだけなんだろ。
僕のTVは寒さで画期的な色になり
とても醜いあの娘をグッと魅力的な娘にしてすぐ消えた。
あの頃からちょっと理屈っぽいところがあったボクは最初許せませんでした。
だって当時は私小説みたいに筋があるフォークが全盛でしたから。
このへんの事情を海老沢泰久の「満月 空に満月」(文藝春秋)で陽水自身が語っています。
陽水の音楽を知る上で重要な、とても重要なことを語っているのです。
詳しく書くことは避けますが、要するに彼はこの「氷の世界」で「掴んだ」のです。作詞ということを。
それは簡単に言うと「さびのフレーズ以前の歌詞はそのさびに全然関係ないことを言っていればいいのだ」ということ。彼はなんだそうすればいいのか、って「わかちゃった」のでした。
だから今でも彼の歌詞は意味がめちゃくちゃですよね。でも妙に耳にフレーズが残っている。そんな歌のコツを「掴んだ」のです。
……これまた余談ですが、沢木耕太郎の短編に、井上陽水が宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の詩を沢木に電話で聞いてくる話がありますが(たしか「バーボン・ストリート」の中の一編)、あれも陽水と陽水の作詞過程をよく表しています。必読……
ボクもまたこのアルバムで掴みました。
それは単純なことですが「なんでも歌になるんだなぁ」ということ。踏切りがあかないことも小春おばさんに逢いに行くことも。愛だの恋だのの歌ばかり氾濫していた中で異様に新鮮だったのです。
そして心がこもっていようがいまいが「歌は声なんだなぁ」ということも。
これを知ってからそれまで嫌っていた荒井由実の声もなんとなく認めるようになり(個性ある声として)、急激に傾倒していったのでした。(それはまた別のお話)
【1997年4月記】
※日本で発売されているこのCDは二種類あって、73年当時に入っていた「自己嫌悪」という曲が入っていないCDがなぜかメインになっています。レンタル屋に出回っているものもほとんどが「自己嫌悪」がカットされたバージョンの「氷の世界」。「自己嫌悪」が入ったリミテッド・バージョンも売っているので、どうせ買うならそちらをどうぞ。
1997年04月01日(火) 21:52:46・リンク用URL

@satonao310