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ショパン「夜想曲全集」

Chopin
The Nocturnes-Complete

Vladimir Ashkenazy

ウラディーミル・アシュケナージ
1975〜83年録音/LONDON

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夜の闇から浸み出すように聞こえてくる夜想曲…

このCDを初めて聴いた時の印象です。
ショパンの夜想曲はいろんなピアニストで聴きましたが、アシュケナージのこれは別物でした。

圧倒的に静かなんです。ピアニッシモが美しすぎる。きらめくようなタッチが身上のアシュケナージですが、このCDでの彼はそのうえ静けさも身につけて、‘静かで華やかな無重力感’とでもいうような表現でショパンを弾いているのです。
微妙な内面的ニュアンスを、そのきらめきを失わずに空間に漂わせる……そんな表現を彼は見事に成功させているのです。

そして録音のよさ。
これはうちのオーディオとの相性とも言えるかもしれないけど、そんなアシュケナージの表現をしっかり受け止めているだけでなく微妙に音場をぼやかしている気がします。たいへんセンシティブな録音なんですね。ボクは驚嘆しました。結果的にそうなった、だけかもしれないけど、すごく好きな録音ですね。

アシュケナージの表現と録音の素晴らしさが相まって、「浸み出してくる」というか「忍び込んでくる」というか。とにかくこそっと心に旋律が入ってくるんです。

こんなショパンちょっとない。

ルービンシュタインみたいに感情を抑制しているショパンも嫌いではないし、フランソワみたいに歌いすぎるショパンも嫌いではないけど、このアシュケナージを聴いてからはなんかそれぞれ物足りなくなってしまいました。


ショパンは、その夢想家ぶりが好きです。
シューマンやリストよりわかりやすいのはその夢想家ぶりがストレートだからでしょう。
ボクは彼のピアノ曲を聴く度に、繊細すぎるお坊っちゃんの日記を読んでいるような気になります。自己完結していますよね、彼の場合。自分の夢想の中を自分ひとりで漂っている。
そこらへんが「日記」によく似ています。「日記」だから当然ストレート。シューマンなんかは読まれるのを意識しているような日記ですが、ショパンのは読まれるなんて考えたこともない(疑ったこともない)日記。そういう意味でとても‘オボコイ子’だったのではないか(純粋な子なんていう表現、嫌いですから)と、ボクは想像しています。

まぁこの夜想曲を書き始めたのは弱冠17才の時だったらしいからしょうがないのだけど、ほら、高校くらいのときの日記って大人になってから読むと気恥ずかしいではないですか(ちなみにボクも毎日付けていました)。
そんな気恥ずかしさがショパンにはありますよね。ありません?


話を戻せば、そういうショパンの表現として、アシュケナージとこの録音はたいへん正しい道を行っていると思います。
彼の夢想の中をゆっくり漂える名演奏・名録音。このCDにはとても共感するボクなのでした。

機会があったら是非聴いてみてください。


【1997年6月記】

1997年06月01日(日) 22:41:27・リンク用URL

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