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J・S・バッハ「無伴奏チェロ組曲」

CDジャケットJohann Sebastian Bach
6 Cello-Suiten

Mischa Maisky

ヨハン・セバスティアン・バッハ
無伴奏チェロ組曲(全曲)
ミッシャ・マイスキー(チェロ)
1984〜85年録音/EMI

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バッハのこの美しい組曲に出会ったのは、ジャズの映画の中ででした。

ニューポート・ジャズ・フェスティバルを撮ったドキュメンタリー映画の傑作「真夏の夜のジャズ」という映画の中でチコ・ハミルトン・クインテットのベーシスト、ネイサン・ガーシュマンが暗い控え室のようなところで裸でこの無伴奏チェロ組曲の一番を弾いている地味な場面。

ジャズばかり流れるこの映画の中では明らかに異質ながらも、非常に内省的な映像で映画そのものにかなり深い幅をもたせている名場面なのです。
途中でタバコに火をつけるために演奏を突然中断。タバコをつけて途中からまた演奏を再開。広がる紫煙の白と、影になって表情の読めない黒い顔のコントラスト(何年か前のチェリスト溝口肇によるタバコのCM。これはこの映像のパクリだとボクは確信しているんだけどそれはまた別のお話)。そして合間にインサートされるニューポートの美しいスナップ…。

なんて美しい場面なんだろう…。
そしてなんて美しい曲なんだろう…。

ジャズの中に挟まれたこともあって、バッハの曲の美しさ、内省的なその響き、そんなものが際だって聞こえたこともあるんだけど、当時(高校1年くらいに池袋文芸座で観た)まだバッハを退屈としか思っていなかったボクは、この映画でその美しさを初めて知ったのでした。



バッハは意外と退屈ではないぞ。
映画から帰ったボクはさっそく当時なぜか持っていたバッハのレコードをかけてみました。確かオジサンか誰かにもらったピノックのチェンバロの協奏曲だったと思う。

…実に退屈だった。

映像がないと単なる退屈な音楽だったのです、体力を持て余した高校一年生にとっては。
まわりにはロックやジャズや当時元気のあった歌謡曲など、刺激的な音楽が山と溢れていることもあって全く退屈以外の何者でもなかったんですね。
あーつまらねぇ、あ、そうそう、FM東京で今日はビートルズの特集があるんだ、エアチェックしないとな・・・こうしてボクの第一回バッハ接近遭遇は終わりを告げたのでした。



第二回バッハ接近遭遇は約15年後。「真夏の夜のジャズ」をLDで購入し再見した時。
そう、ボクにとってバッハはこの映画と共にあるんです。変だけど。

で、その時はもうすでに「平均律クラヴィーア」やら「ゴールドベルク変奏曲」やら「ブランデンブルク協奏曲」なんかはそれなりに聞き込んでいたんだけど、まだBGMの域を出なくて、まぁ相変わらず退屈な音楽ではあったんです。
で、ある夜「真夏の夜のジャズ」を家でひとり観た。
そして、すっかり忘れていた当時の記憶が鮮明によみがえってきたのです。

おお! 「無伴奏チェロ組曲」!! めちゃめちゃイカスではないか!! 忘れていたぜ!!



さっそくCD屋に走ったボクが買ったのは、たまたま置いてあったロストロポーヴィッチのもの。まぁ有名ですからね。チェロでは第一人者ですから。迷わず買いました。
で、聴いたら・・・・・全然面白くない。テンポが早く表面的で、あのベーシストが表現していた内省的な深みが全然ない。つまらない。なんだかなぁ・・・

もっとこう、深く、内省的でいて熱いなにがが欲しいんだよ!
全然カタルシスがないではないか!

まぁボクがもとめるバッハな気分がこのCDからは得られなかったんですね。
かと言ってすぐ他のを買うのも辛い。だって2枚組で高いんですよ、「無伴奏チェロ組曲」って。
しゃーない。我慢しよう。なんていったってロストロポーヴィッチだ。聴きこんで行くうちに良くなってくるだろう・・・とか言いつつ実際はCDラックの奥深く仕舞われてしまったんですけどね。



それから何年後だったか、このマイスキー版に出会ったのです。
なんでこれを買ったのかよく覚えていないんです。たぶんその評判の高さに興味がわいて買ったんだと思う。やっぱり2枚組で高かったんだけどね。
グラモフォンがバッハ生誕300年を記念して「無伴奏チェロ組曲」を全曲録りおろそうとした時にマイスキーに白羽の矢が立ったらしいんです。「ってことは、いま世界で一番のチェリストとグラモフォンが認めたんだよなぁ・・・よし買ってみよう!」まぁどうせこんな心の動きだったんでしょう。



一聴、感動しました。

これぞ、これぞ、ボクの求めていた「バッハな気分」!
ロストロポーヴィッチに比べると圧倒的に遅いテンポでじっくりバッハの内面まで掘り下げて演奏している。表情も実に豊か。内省的な部分と優しく叙情的な部分のメリハリが心地よく、全くボクのイメージ通りの演奏だったのでした。
ちょっと演出過剰のところも感じられるんだけど、あの思い入れたっぷりな弾き方が今のボク(36歳)にはちょうどいい。いいぞ、マイスキー!

マイスキーの劇的なる半生を知って聴くとまたこれがいいんだけど、ここでは簡単に書きます。だって本当に波乱の半生なんですよ。
ソ連生まれのユダヤ人。で、チャイコフスキー国際コンクールで6位に入賞。将来を嘱望されるがユダヤ人迫害の波を受け投獄され、強制収容所、そして精神病院で全くチェロにさわれない地獄のような2年間を過ごした後、奇跡的に出国がかないアメリカへ…。
と、なんだかピアニストのウゴルスキを思い出させるようなエピソードの連続の人生だったんですね。

マイスキーのバッハからなぜか「時のうつろひ」「諸行無常」みたいなものが感じられるのは、この劇的なる半生のせいかもしれませんね。

なんだか笑ってしまうのが、彼、ソ連時代にロストロポーヴィッチの愛弟子だったんですよ。
うーん。なんでこんなに表現方法が違うのだろう。それともマイスキーも歳を取るとあんなさっぱりした演奏に変わっていくのだろうか。ボクも歳を取るとロストロポーヴィッチの演奏の方が好きになるのかなぁ。



さて。
今回この「無伴奏チェロ組曲」を書くに当たって「チェロの神様」カザルス版も買って聴き比べてみました。
歴史的名演といわれる1936〜39年の録音。
すごい。マイスキーよりももっと演出過剰。強弱の付け方やテンポの取り方がもうほとんどジャズの「スイング」に近い。
バッハがその穏やかな表情を隠し、いきなりこちらの心に牙を向けてきます。
これもマイスキーとまた違ったインパクトでなかなかいいなぁ…。
しばらくカザルスも聴きこんでみようと思うのでした。(そうだ、ヨーヨー・マのも買ってみよう!)



【1998年5月記】

1998年05月01日(金) 22:48:22・リンク用URL

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